レオス・カラックス『汚れた血』をめぐって

Mauvais Sang 1986 LEOS CALAX
Mauvais Sang 1986 LEOS CALAX

愛は永遠の疾走を繰り返す

若さって素晴らしい。
そりゃそうだ。
普通、歳を重ねると、若さってものが羨ましくなるものだが、
最近、そんなことを感じることが
逆に少なくなってきている気がしないでもない。
事なかれ主義、安定を求めることが美徳のように
最初から去勢されたイメージに甘んじる連中を見ているからか。
もちろん、十羽ひとからげにするつもりはない。
うらやましいぐらいにまぶしい若者たちも沢山いる。
そもそもこの世の中が、若さの特権である無謀さを
なにかといえば、規制、自粛を要求し、
抑制するように仕向ける風潮なのが問題なのだから、
これから未来を担う世代に覇気がないのもわかる気がする。
抗う力、エネルギーは世界をも変える。
歴史を塗り替えるパワーはいつだって若さの特権なのだ。

かつて、恐るべき子供たちの一人として
映画界に新鮮な風を巻き起こしたのが
レオス・カラックスというフランスの映画作家である。
23歳で『ボーイ・ミーツ・ガール』でデビューし、
フランス映画界に衝撃を持って登場した。
ヌーヴェル・ヴァーグの後継者として、
さっそうとスクリーンを席巻し、
日本でも何かと話題をさらった記憶は決して古びたりはしないが、
そんなカラックスがもう還暦を過ぎてしまった。

青春三部作の新鮮な登場が忘れられない。
愛のない性交渉で感染するというSTBOの脅威に晒されるパリに
ランボーの『地獄の季節』の詩編からとった二作目、
とりわけ『汚れた血』の印象がカラックス像を決定づけたのだと思う。
カラックスの分身たるドニ・ラヴァンの風貌、
その存在感は圧倒的に異質なものに映った。
面構えからして只者ではないのだ。
(確か来日時には「笑っていいとも!」にも出演していたっけ)
あの注目を浴びたデヴィッド・ボウイの「モダン・ラブ」をバックに
ワンカットで疾走するシーンに、
こちらも青春を重ねて合わせてみた記憶がある。
だれしもあんなふうにまっすぐ思いのまま突っ走りたいのだと。

あるいは、実にキュートなまでにみずみずしく、
花のような可憐さでもって、
名優ミシェル・ピコリの愛人を演じ、
大女優への道へと着実に一歩一歩歩き始めていったジュリエット・ビノシュは、
当時カラックスを公私ともに支えていた文字通りミューズだった。
ポストヌーヴェル・ヴァーグ、まさにポストゴダールとして、
カラックスはまさに時代の寵児になりえるほど
輝きを放っていたあの時代。
けれども、物事はさほど甘くはない。

フランス映画史上、もっとも費用のかさんだ制作で
その悪名を轟かせた『ポンヌフの恋人たち』では
撮影は困難を極めた上、大ヒットの裏側で
以後のカラックスの活動にまで陰を落とす前例を作ってしまった。
(セットを解体する費用さえままならず、現存するという・・・)
撮影の許可が下りないポン・ヌフをセットで
建設するという当方もない企画は
想像以上に制作費ががかさみ、
制作会社の倒産や保険会社の撤退を余儀無くされ
おまけに主演のドニ・ラヴァンの怪我、
延期、中断を繰り返したことで、
呪われた映画、呪われた映画作家として
関係者からは一斉に危険人物の烙印を押されてしまったのである。
そこから次作『ポーラX』まで8年、
そこからまた最新作『ホーリー・モーターズ』まで
13年の月日を要することになった。

“ポン・ヌフ”ショックは、
レオス・カラックスにとって、いわば人生の試練をもたらせらた。
恋人だったジュリエット・ビノシュとの別離、
完璧主義による制作の代償はなかなか癒えず、
まさに詩を捨てたランボーのように
すでに映画づくりをそのものを断念しようとまで考えたという。

そんな映画界の異端児カラックスの
ヌーヴェル・ヴァーグの申し子としての瑞々しい生命体を
ドニ・ラヴァンに託した『汚れた血』こそは
まさに『地獄の季節』の始まりそのものであった。
その詩篇「悪い血(悪胤)」のなかで
「祖先であるガリア人の、碧白い眼と、
偏狭な脳みそと、戦いの不器用さを受け継いだ」と嘆くランボー自身に、
己の姿を重ね合わせていたのかもしれない。

元祖革命児、本家あのゴダールのように、
早すぎた異端児のこれからの巻き返しがどんなものか、
かつて恐るべき子供であった無謀な若者が見せた
この“若気の至り”が生み出した作品をみていると
今、再びその無軌道な映画を見てみたいと思い始めた・・・
残念ながら、あの時期放っていた輝きは、どこかで失ったようにさえ見えるカラックス。
才能が枯渇したとは思いたくはない。
その汚れた血を、今一度入れ替えて、目の覚める快作を期待したい。

David Bowie – Modern Love 

ボウイといえば、たったI日だけヒーローになれると歌った名曲「HEROES」の方が圧倒的に好きなのですが、『汚れた血』におけるこの「MODERN LOVE」の使い方こそは、映画のハイライトなので、ドゥニ・ラヴァンの動きと共に、このアップテンポな曲で、ここはひとつ、まあ、素直に盛り上がっておきましょう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です