ウォン・カーウァイ『恋する惑星』をめぐって

恋する惑星 1995 ウォン・カーウァイ
恋する惑星 1995 ウォン・カーウァイ

パイナップル味のラブストーリー、続きは香港エクスプレスにて

おしゃれな恋愛映画は何?って聞かれたら
まず、このウォン・カーウァイの『恋する惑星』を挙げる。
『欲望の翼』と共に、日本でも人気にある代表作の一本だ。
ぼくはこれを二十代に見て、とても感銘を受けたし
いまだに、ドキドキしながら見返す口だけど、
今時の若者ならどうみるのかは興味深い。
ポケベルや黒電話、音楽の再生がCDってところに、
時代感覚が刻印されているように、
所々は90年代文化の匂いはするものの、
別段、今見ても古臭さというものを感じたりはしない。

男と女がいれば、物語なんて勝手に出来上がるもの、
そんな風なテキトーなことを書いたものの、
もちろん、そこには洗練されたデコレーションがなくちゃならない。
おしゃれ映画の要素ってなんだろうか、と真面目に考えたとき、
第一の要因はまず映像感性ってことになろうか。
ウォン・カーウァイといえば撮影はクリストファー・ドイル。
(香港名で書くと杜可風、もう表記を覚えてしまった)
そのハンディでハイスピード撮影やスローモーション
それを刻んだスピード感あふれるモンタージュなど
独特でスタイリッシュな映像感覚を駆使するポップトーンながら
このキャメラワークの刺激的な画面に釘付けにされてしまうことだろう。

次に音楽、ここも外せない。
『欲望の翼』では、ザビアクガート楽団のエキゾチックなラテンナンバーが
甘く気怠い映画のムードをうまく醸し出していたが、
ここでは前半はデニス・ブラウンの「Things in Life」が
後半はママス&パパスの「夢のカリフォルニア」が効果的に使われている。
ウォン・カーウァイは音楽にも精通しているのがよくわかる選曲だ。

そして、肝心要、なんといってもキャスト。
金城武にブリジット・リン、トニー・レオンにフェイ・ウォン
およびチャウ・カーリンといった豪華な顔揃えに彩られ
あとは話をどう転がすかだけだ。
というところで、前半は金城武にブリジット・リン、
後半がトニー・レオンにフェイ・ウォンおよびチャウ・カーリンによる
すれ違いの恋模様を描いた二部構成になっている。

どちらも刑事(警察官)をめぐる女たちとの、ちょっといびつな恋模様だが
個人的には後半のトニー・レオンとフェイ・ウォンの絡みの方が刺さる。
今見直すと、前半の金城武とブリジット・リンとの話と関係性はほぼなく、
舞台になる街が単に同じで、その中継地が
とあるホットドッグスタンドというだけの話だ。
つまりは、見知らぬ人間同士の恋パターンA、パターンB、
そんな恋愛群像アラカルトってわけだ。
もっとも、片方の話だけで成立させるには、映画自体の膨らみが足りないから
これはこれでいいのだと納得するだけだが、
贅沢を言えば、もうちょっとうまく入れ子構造にでもできていれば
映画としての面白さはさらに増したのかもしれない。
ウォン・カーウァイ風にいえば「ふたつの物語の距離は0.1ミリ」
その差をもう少しだけ縮めて描いてくれればよかったのに・・・

それにしても、ウォン・カーウァイという人は
相変わらずロマンティックな人だ。
セリフの端々にもそれがにじんでいる。
「雑踏ですれ違う見知らぬ人々の中に、将来の恋人がいるかもしれない」で始まる前半
金城武演じる刑事モウが使うポケベルの暗証番号は「1万年愛す」。
それをブリジット・リンにいわせて、誕生日を祝ってもらう。
エイプリルフールに振られ、一ヶ月後の誕生日を恋の賞味期限に設定する、
そんな恋の痛手をなんとも強引に甘美なものに差し替えようとする話だ。
モウの相手役メイは映画には一切出てこないし、
フィルムノワール風なこのドラッグディーラー金髪女との絡みもほんのわずかで、
結局は、モウが勝手に自分の誕生日を賞味期限として
元恋人が好きだったパイン缶を買いあさった挙句、
一晩ですべて平らげ腹を壊して、
あとはジョギングで恋の痛手を紛らす、っていうようなヘンな話だ。
そのロマンティシズムは、どこか空回りしている気がするが、それもまた味か。
ちなみに、金髪女ブリジット・リンは、おそらく『グロリア』あたりの
カサヴェテスのミューズ、ジーナ・ローランズをモデルにしているんじゃないだろうか?

逆に、後半のトニー・レオンとフェイ・ウォンの絡みの方は
なかなかしゃれているし、もっとロマンティックだ。
認識番号663の警官トニーは
CAガールフレンドチャウ・カーリンと恋仲だけど、
どうやら彼女に別れを切り出されてしまったらしい。
彼女が店に預けた鍵入りの手紙をこっそり覗き見してしまったフェイ・ウォンは
そのキーを使って、663のいない時を見計らって自宅に侵入して
掃除したり、模様替えしたり、飲み物に睡眠薬を入れたり
水槽の金魚を追加したり、CAの服を勝手に着たり、
すきなCDを置いたりとやりたい放題。
はたまた、いろいろいたずら心と恋する乙女心を存分に発散する。
流石に、警察官だから(じゃなくくても)、ある程度ことの次第は推測できるはずだが
むろん、彼女が信書開封、家宅侵入、器物破損などの罪に問われる心配などない。
彼はそんな野暮な男ではないからだ。

独身男の一人住まいの部屋だから、さほど広くもないのに、
二人が鉢合わせしても気づかずのかくれんぼするシーンもいいのだが
ベッドにCAの体毛?を発見して
ハイテンションになるフェイがなんとも可愛いかったりするのだ。
もっとも、この二人、トニーとフェイは恋愛対象としてみれば
ぱっと見、兄と妹のような感じに近く、
チャウ・カーリン扮するCAの彼女との方が
よっぽど似合いのカップルではあるようには見えるのだが、
恋愛とはそもそもうまくはいかないものである。
このトニー・レオンの方も、
このCAのガールフレンドのことがなかなか忘れられず、
その思いをモノや部屋にひとりごとをぶつけながら、
ひたすら帰ってくるのを待ちわびているような
そんなセンチな浪漫男だからこそ、
ふたりの相性は、見た目よりも全然悪くないのかもしれない。

トニー・レオンがいい男だけに、
女性の目からみれば、そういうところでさえも許せてしまうのかもしれないが
警官の制服に身を包んだトニー・レオンもかっこいいが
白いランニングと白いブリーフだけでも魅せてしまう男というのは
同じアジア人とはいえ、そうそういるとは思えない。
最後は、フェイの思いを受け止めようとするが
話の成り行きで、行き違いをみせながらも、
ロマンティックなハッピーエンドが待っている。
この先、CAの彼女が仮に戻ってきても
トニー・レオンの心はフェイからはなれないだろう。

一方この映画でのフェイはというと
モンチッチヘアーにハートマークのTシャツやボーダーシャツの似合う
実にガーリーテイスト満載の女の子だが、
もっとも、このフェイが身も心も大人ぽっくなって
別の男に乗り換えたりすれば、
この警官はまたもやうじうじと身悶えしながら
彼女の帰りを待ちわびるのかもしれない。
そんな甘酸っぱい想像が膨らむのも
パイナップルの缶詰好きのモウの舌に刻印される恋の味が
そのままこの映画の風味だからだ。

The Mamas & the Papas : California Dreamin’

映画の中で度々流れるパパス&ママスの『夢のカリフォルニア』。イントロのギター、途中のフルートのソロがいい雰囲気を醸すエバーグリーンな名曲。1965年、全米第4位のヒット曲を持ってくるあたりがウォン・カーウァイのセンスだね。この時期の楽曲、とりわけアメリカンフォークのメロディーセンスがいいよね。だから映画の雰囲気はラヴィン・スプーンフルの方が近いかも。

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