石井聰亙 『逆噴射家族』をめぐって

「逆噴射家族」1984 石井聰亙
「逆噴射家族」1984 石井聰亙

狂え人間よ、破壊せよ概念を

マイホームとなると、夢のまた夢。
どうせ一生借家生活だろうなあ・・・
でもなあ、家を買ったら買ったで
なにかと大変だしなあ、などとあらぬ妄想癖に身悶えする。
が、マイホーム所有こそは世の万人の夢ではござらぬか。
人生の区切り、なんとかマイホームを手にした、
一塊のサラリーマン家庭を想像してみよう。
妻子にかこまれ、まさに幸せの絶頂の引っ越し日であります・・・
ってなところから始まるのが石井聰亙(現岳龍)『逆噴射家族』。

とにかくすごいパワフルな映画です。
そもそも、内容がぶっ壊れている映画、
壊れているが、その壊れ加減こそが石井聰亙の真骨頂である。

やっとのことでマイホームを手に入れた一家の大黒柱、勝国こと小林克也。
ちょっとばかし露出狂の気がある妻倍賞美津子、
東大を目指す浪人生の息子マサキこと有薗芳記、
アイドル歌手とプロレスラーを夢見るエリカこと工藤夕貴、
この一見普通の家族構成に割ってはいるのが、
九州からやってきた勝国の父、寿国こと植木等で
最初は新築祝いでやってきたはずなのに、
いつの間にかこの家に住み着いてしまい、
よって、せっかくの新居も場所がひとつなくなるわけで、
当然家族からは不平の声があがる。
そこで自分の父親の居場所をめぐって息子勝国が
だんだんその軋轢にたえかねなくなってゆき
地下に部屋を作ろうなどといいだして、
床をぶち抜き、せっせと地面を掘り下げる日々。
そこでシロアリを発見すると異様にテンションが増し、より神経質となり、
あげくに水道管をあやまって破裂させ噴水劇。
こうなると会社どころではなくなるし、どうしてこうなるのと
家族のものたちもしだいに逸脱した行為に走るようになる。

気づいたときにはもうおそい。
一家の主じである勝国はその真面目さが高じて、
やがて、家族そのものが狂っているのだという妄想に取り憑かれる。
自分以外の人間こそ正気ではないと家族内戦争が始まるのだが、
深夜に沈痛な面持ちで話があるからと家族を集め、
その場でシロアリの薬剤をいれたコーヒーを用意し、一家皆殺し計画を図る。
だがそこは皆だまっちゃいない。
ここからすさまじい「逆噴射」が始まる。
その描写たるや、ばかばかしいほどの壮絶なナンセンスコメディである。
一気に戦争へと突入した小林家の運命は?

ここから畳み掛ける小林克也がすごい。
まるであの『シャイニング』のジャック・ニコルソンばりの狂気で
家の中は地獄絵図。
それに争う家族も家族で、
母親は包丁を持ち出し、臨戦態勢。
エリカはエリカで水着にて女子プロレスラーたる意気込みをみせれば、
元から誰よりも狂気じみていたマサキは金属バット片手に
まさに落雷を受け命を吹き込まれたフランケンシュタインばりに鼻息荒く立ち向かう。
寿国は寿国で、軍服を纏い家族を統治せんと日本刀片手に目を爛々。
もう手がつけられらないカオスへと突入である。

そうして、ついにガス栓ひねっての大爆発。
こうなれば、定番ドリフの世界が再現され、
真っ黒になった家族が一同会して食卓につくシーンに
奇妙な感動さえが込み上げてくる。
そして、正気に戻ったかと思いきや、
主人は、家の完全解体を宣言して、
もう一度ゼロから出発しよう、などと妙な説得力で
狂気の家族に再び血が通い始めるのである。
はたしてはちゃめちゃに自ら解体処分した家を失ってどこへゆく?

とまあ、そんなところまでは時系列的に書くことはできるが
ある意味ナンセンス、ブラックコメディを言葉で語るには無理がある。
なんといっても漫画のような描写力で
それをいちいち映像化してゆくこのエネルギーを前に、ひたすら脱帽するしかない。
だが、なんといっても真面目であればあるほど
小林克也の狂い様がすごい。
無断欠勤を咎められたにも関わらず、
其の足で、再びマイホームへ一目散に帰宅する姿に
ロックンロールの高揚感を覚えないわけにはいかない。
地下鉄の車両を駆け抜け、ホーム、そして自宅への
凄まじいほどの疾駆が実に感動的だ。
何れにせよ、これが最初にして最後?の怪演であった。
あの顔である、シリアスながら笑いがにじみだすよなあ、まったく。
にくいぜ『Mr.ベストヒットUSA!』
これは玄人には絶対的に出せない味だ。
(ちなみに英題は『CRAZY FAMILY』。
ヒットはしないかもしれないが、
確実に好きなものにはヒットする作品の堂々主役だ。)

最後、高速が走る下に引っ越した家族は
そこでまた以前のような正気を取り戻すのだ。
はて、いったいあれはなんだったんだろう?
あの狂いっぷりはどこへ行った?
マイホーム幻想なのか、仮面家族への皮肉なのか、
いろいろ想像がはたらくが
さすがは「ゴーマニズム宣言」の小林よしのり原作である。
馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
その馬鹿馬鹿しい現場を冷徹に追い続けたキャメラこそは
かつて小川プロでならした伝説の田村正毅である。
成田闘争を追い続けたキャメラワークのウズキが
馬鹿馬鹿しくも家族内闘争の記録者となったわけだ。
生々しくもどこか距離を置いた
ドキュメンタリータッチのカメラワークがやはり素晴らしい。

人間、馬鹿馬鹿しいほどのパワーというものも時には必要だと思う。
ナンセンスを生み出すにもそれ相応のエネルギーがいるのだから。
こんなパワーを持った日本映画が、今時あるだろうか?
狂え人間よ、破壊せよ概念を、そして映画を!

ノイバウテン 半分人間

Yü-gung (Fütter mein ego)

80年代、ポストニューウェイヴバンドとして登場したブリクサ・バーゲルト率いる西ベルリン発のエクスペリメントノイズ・ミュージックバンド「アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン」。そのライブを映画「ノイバウテン 半分人間」に残したのがこの石井聰亙(岳龍)だった。工場跡、鉄屑とともに舞う舞踏集団、白虎社の白塗りパフォーマンスを挿入したアヴァンギャルドな映像は衝撃的だった。まさに、ノイバウテンの音楽は『逆噴射家族』のカオスに負けてはいない。が、今聴くと、この辺りのノイバウテンは、初期のインダストリアル色から洗練され、随分聴きやすくなっている印象を受ける。

『ゴーマニズム宣言SPECIAL コロナ論3』小林よしのり 扶桑社

最近になって、ちょっと小林よしのりを見直している。
それまではなんだか好きになれなかった漫画家ではあったが、
(『逆噴射家族』はあくまで石井聰亙の映画としてみていた)
とりわけ、コロナ騒動への言及に関しては、
しごくまとも、かつ勇気のある発言を、当初から
展開している数少ない有識者のひとりだと思っている。
どんなに地位や名誉があろうとなかろうと、
コロナという現象の前に、ここまで具体的に
有益な情報を唱える人は稀少だ。
この本を読んで、すなおに受け取れる人は
いちはやくこの騒動から目覚めうるはずである。
先入観なく手にとってみることをお勧めする。

このコロナ論は、実に的を射たメッセージで、
内容はところどころ小難しいところも含んでいるが、
想像以上に、中身は深くリアリティがある。
「コロナ脳」に洗脳された社会を冷静かつ、ブッラクユーモアたっぷりに
漫画家という地位の特権をいかした作風で、するどく斬ってみせてくれる。
最後は、三浦瑠璃女史と、今、コロナに関して、
日本で第一人者であるといっていい、
大阪市立大学名誉教授井上正康氏との対談がハイライトである。
本作の、その専門家以上の知識の源である井上氏の強力な後押しも手伝って
非常にタメになる本であることは間違いない。
自分の認識ともほぼ一致しているので、ためらわずに推せる内容である。
今この社会でひとりでも多くの人間に手にとって読んでほしいと思う。
シリーズ1、2、そしてこの3をすべて目を通せば、もう怖いものはない。
人類が一日もはやく、正常を取り戻すための力で後押しをしてくれるだろう。


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