ちょっとちょっと 三

台風一家

 毎年夏から秋に掛けて、私たち台風一家は、あなたがたの小さな島国をひとりづつ横断いたします。ご丁寧に一号、二号、三号と、野球選手のホームラン数のように記録されて、その昔は「室戸」だの、「ジェーン」だの、「伊勢湾」だのと言ったニックネームで呼ばれたこともありましたっけ。足腰の貧弱な家々をなぎ倒し、日頃呑気な河川を氾濫させ、子供たちの大切な学校まで封鎖してしまうといって、私どもは随分非難轟々、差別を受けてまいりました。

なるほど、それは申し分けなく思うこともあります。けれども、われわれにすれば悪意などさらさらなく、軽く素通りしただけでご覧の通りの有様になる次第です。こんなことを言うとまたお叱りを受けそうで怖いのですが、我々の進路にたまたま人間たちの住まいはあるだけなのでございます。今後一切の横断を止めてくれないかと何度も懇願されましたし、その都度の被害状況もその後の噂でなんとなくは知っております。でも、はっきり申しまして、これから先も恒例の列島横断を取りやめる気は毛頭ありません。私ども台風一家から、この恒例の行事を取り上げられてしまったら、一年間何もすることがなくなるのです。我々一家とて路頭にさまようわけには参りません。

 こんな嫌われものの我が一家ですが、時には喜ばれる事もあると聞きます。由緒ある我が一族の歴史を繙いてみれば、かつては《神風》などと呼ばれ讃えられたこともあるのはご存じでしょう。
 なんでも今年は深刻な水不足だとか、我々のところにも珍しく雨乞いの便りが届き、是が非でもまとまった雨量が欲しいとの切なる希望が毎日のようにございました。今年に限ってですが、我々はのんびり、久しぶりに一家団欒楽しく過ごしておりました。水不足とやらはその影響なのでしょうか。やはりあなたがたにとって水は命の源ですものね、それぐらいは頭に入っております。我々としてはお役に立てるものでしたら、それぐらいはお易い御用でございます。何分、我が一族は元来加減をしらぬ不躾な連中ばかりで、例のごとく粗相をせぬ保証ははっきりいってございませんので、簡単に「空返事」、とはさすがにいきませんでした。

ただし、我々とて、仁義を解さぬ法はなく、それはそれなりの気配りと神経を持ち合わせていることはご理解いただきたく存じます。若い衆のなかには、気は荒いが情にもろく、頼まれるといやとはどうしても言えない性分のものが多数控えております。家に雷を呼んではゴロゴロとしているので、地区によっては結構おじゃましたはずです。それでも、こんなに歓迎される年は珍しく、あなたがたの喜びの声を聴くのも決して悪い気がしないわけではないのですが、やはり悪玉のレッテル返上とまではなかなかまいりませんね。まことに皮肉なものです。

 とにかく賑やかなお祭り好き故、雨だの風だの、雷だのと親戚一同を繰り出しての横断は、我々にとってのカーニヴァル、これを済さないと一年の年を越すことができない次第です。規模はそれこそまちまちですが良く言えばおおらか、普通なら気まぐれで、悪く言えば無計画などということでしょうが、それはこっちも全く予想がつきかねるものなのです。盛り上がれば、調子のいいものたちが肩をいからせてビュンビュン繰り出していきますし、惰性で飛び出せば、途中気がのらねぇだのやめだやめだ、となんだかんだとかこつけては、すぐに熱帯低気圧なんぞを気取って遊びほうける始末。まことに着のみ着のまま、それが我が一家の家訓なのでございます。

 それでも、経験したものしかわからないスリルと感動のドラマとでも申しましょうか、台風一家に生を授かった以上、こればかりは数回やそこらで止めるわけには行かないのが率直なところでございます。とにかく伝統行事ゆえ、あなたがたのご理解があればよりことは円滑に参ります。何分、付き合いも長い間柄ゆえ、このツブラな瞳に免じて、ご寛容のほどを承りたいのでございます。

台風一家 三代目家長 ハリー・ケーン