ギレルモ・デル・トロ『シェイプ・オブ・ウォーター』をめぐって

The Shape of Water 2017 Guillermo Del Toro
The Shape of Water 2017 Guillermo Del Toro

雨と官能とノスタルジア、程よい甘ゾーンに飛び込むストライクな愛の形(シェイプ)について

アカデミー賞最多13部門ノミネート、
映画ファンの生涯の1本、大大傑作・・・
いろんな賛辞が踊った『シェイプ・オブ・ウォーター』を
劇場で観てあれから三年も経つんだな。
早いものだ。
自分にとって、生涯の1本かと言われると、
即答できないところもあるのだけれど
面白く、そして切なく、要するに観終わって
実に充足感のあった良い映画だったのは嘘じゃない。

けれども、これはこれで好きな映画の中の
一本にすぎないのもまた事実なのだ、ぐらいに思っていた。
前作『パンズ・ラビリンス』も面白かったし
ギレルモ・デル・トロには、これからも期待している。

一年経って再びDVDで見直してみて、
やっぱりこの映画はなるどほ素晴らしいなと思う。
これこそ、梅雨時にピッタリな映画なんだけど、
劇場で見たときより、さらにその思いは深くなり
少なくとも、何かを語りたくなる映画であることに
抗えない思いを今こうして吐き出しているってわけだ。
やはりなんども見ることで見えないものが見えてくる。

まずはそのファンタジーの発想からは、
『美女と野獣』を彷彿とさせられるが、
こちらの方が、さらにいろんな要素が
重層的に絡み合っていて見所が多いように思う。
設定は1960年代。
気配、音楽、生活様式に古き良き時代の
ノスタルジックなムードが支配し、多分にロマンチック。
アレクサンドル・デスプラによる音楽も素晴らしい。

ヒロインが住む家の一階が映画館というのも素敵だし
半魚人が入れられた水槽の周りに
ターンテーブルを置いてレコードをかけるシーン、
あるいはバスの窓に満ちた雨の水滴から
シーンが切り替わるシーンなど、好きな場面がたくさん有る。
一方で冷戦ソビエトへの皮肉というか、
大国アメリカが抱えていた精神性が
憎しみのような強さで如実に反映されていて
なにやらきな臭い面もある。

ストーリーとしては半魚人と啞との寓話的恋物語なんだけれど
いわゆる美男美女がこの映画には一人も出てこない。
ヒロインのイライザにしても特に美人というわけでもないし
親友のゼルダやヒロインを援助する画家ジャイルズにしても
特筆すべき映画的カッコ良さんなんかを持ち合わせてはいない。
悪人役の軍人ストリックランドにしたところで
どことなく中途半端な悪人顔で、
要するに登場人物たちがその外見容姿だけで人の気を惹く事が無い。
いわゆるアウトサイダーばかりの外周に
その中心たる半魚人のクリチャーとしてのシェイプを
際立たせるのに貢献している点で計算づくしなのもよくわかる。

時代が時代だといってしまえば、納得するしかないけれど、
いくらアマゾンで捕まえてきた“異物”とはいえ、
掃除婦がいとも簡単に接触できてしまう杜撰な管理下で、
本来なら機密情報であろう、重要な資料を
こともあろうに掃除婦に簡単に攫われてしまう事自体が
まずありえないような話だとは思う。
が、そこから切りだされた物語の牙城が
そう簡単には揺らがないところに本作の評価の高いゆえんなんだろう。

言葉が喋れない女と人間扱いされない半魚人、
ずばり言葉以上のものによって深く結びつく関係性が描かれている。
そのエッセンスに目を向けても
あくまでもちいさな物語が宝石のようにちりばめられており
けしてくどくもなく、いやみもないところには共感を持てる。
加減が絶妙だ。

なにしろ、いきなりイライザの自慰シーンにはじまり
ときにはっとする場面がいくどとなく描かれている。
半魚人がジャイルズの家に運び込まれるや
イライザが浴室で面倒をみることになるのだが
その際には野生の本能が目覚め、家猫を襲ったり
あるいは地下に位置する映画館にふらふら紛れたりしながら
イライザと愛しあい、夢見心地にミュージカルシーンが挟まれたりする。

そこには味方として、これまた他人と分かち合えない
同性愛者の絵描きの爺さんがいて、
夫との暮らしだけに束縛される黒人女の友達の協力が不可欠である。
さらには使命よりもロシアからのスパイめいた学者がいて、
孤独な立場の人間が《私たち》として
ひとつに繋がる映画でもあるのだが、
いけ好かない軍人及び国家体制側に
大胆に挑んでみせるストーリーだからといって
あくまで不幸せな映画というわけではなく
これは純然たるハッピーエンドなおとぎ話として
不思議な余韻がじんわり広がってゆく。

話は変わるが、この映画を観て思い出すのが
子供のころに見て強烈なインパクトを受けた
仮面ライダーアマゾンというヒーローのことだ。
アマゾンは仮面ライダーシリーズのなかでも異色中の異色キャラで
はたしてあれがヒーローとしてふさわしかったのか
いまでもよくわからないところだが、
そのインパクトは他のヒーローがかすむだけのものがあった。

仮面ライダーアマゾンは架空の種であるマダラオオトカゲの能力を持ち、
古代インカ文明の秘宝をめぐって
悪の手下、ゲドン及びガランダー帝国と戦うといった
ちょっとした壮大な話が設定されていたが
こどもにはちょっと敷居が高かったところはある。
けれどもあれもあれで「異物性」や「疎外感」をテーマにしていて
この『シェイプ・オブ・ウォーター』とかぶる心の闇を描いている点に
共通点があるのかもしれない。
ギレルモ自身日本のアニメや怪獣ものにも精通しており
ひょっとすると、どこかで仮面ライダーアマゾンをヒントにしているのかもな、
というのは妄想しすぎか。 

ただ、冒頭で書いたように、
これが生涯の1本というにはまだいたらず、
良質な映画の中の一本であるいうポジションは変わらない。
基本的に好きなものに順列こそつけたくはないが
それでも、やはりこの一本となるには、
まだまだ個人の偏愛的要素をくすぐるものが足りない。
以後、ギレルモ・デル・トロには注目していきたい。

THE SHAPE OF WATER OST

映画もいいんだけど、このサントラもなかなかいいんだよね。
まあ、セットだよね。いまや、ひっぱりだこのアレクサンドル・デスプラが担当。
みごとに、デルトロの狙った古いヨーロッパ的なムードに合致したスコアが印象的だ。
ヒロインのイライザのテーマにはフルートが多用され、
映画のテーマである水のイメージをうまく表現している。
そこに絡むアコーディアオンなんかも、
いわゆるありきたりなノスタルジー調でもなくって、
ミュゼットというよりはバンドネオンにタンゴに近い響きがして、
なんともモダンだ。
ルネ・フレミングが歌う「You’ll Never Know」、
あるいはカルメン・ミランダの「Chica Chica Boom Chic」、
そしてなんといっても、マデリン・ペルーの「La Javanaise 」にはうっとりするな。
とにかく、単独で聞いてもじつに聞き応えのある
素晴らしいサウンドトラックになっている。
やっぱり、映画を生かすも殺すも、音楽次第だなって思わせる。
その点、デル・トロの感性は確かだと思わせる内容だ。

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