ある日、ある時、午腸内の肉声を聞く
牛腸茂雄という、ちょっと変わった名前の写真家がいました。
「ごちょう」と読む珍しい名字ですね。
新潟に多いと聞きますが、当人は新潟県加茂市出身、
高校卒業後に上京し、桑沢デザイン研究所で、
あの武満徹なども在籍した実験工房のメンバーの一人だった
大辻清司に写真を学びます。
3歳から胸椎カリエスという奇病を患っていたがゆえに、
若くして他界されているのですが、
ありがたいことに、残された写真は
写真集『SELF & OTHERS』を通して
彼の人となりを朧げながらに見ることが出来ます。
生前はほとんど知られていませんでしたが、
死後そのカメラ越しの眼差しが
徐々に注目されるようになりました。
やはり、見ている人はいるんですね。
同じような視線の交わりを感じとったのでしょうか。
被写体からの視線を通してカメラを持つ主体が
浮かびあがるような写真で、
その対象をみるまなざしには
独特の空気感が宿っているように思える、そんな写真家なのです。
そんな牛腸さんの死後何年後にして、
佐藤真監督により制作されたのが
写真集と同名のタイトルのドキュメンタリー映画
『SELF & OTHERS』では、生前の姿ならぬ、声を聞くことが出来ます。
声というのは不思議なもので、
形じゃないのに、若いとか女のひとだとかはもちろん、
繊細だったり乱暴だったり、
その人となりが出てしまうことがありますね。
例えば、むかしは、鳴りものつきで物品を販売していましたね。
もうほとんどノスタルジーですけれど、
「御町内のみなさま、ご家庭でご不要になった古新聞、古雑誌…」
というのは廃品回収、
「石や~きいもぉ」という焼き芋、その他
「さ~おだけ~」「豆腐~」「金魚~」なんていったら、
もうそれこそ映画の中の風景ですね。
そう、成瀬巳喜男監督の作品なんかで聞くことができるわけですが、
今じゃ録音された毎度同じみのパターンだったりして、
情緒などを期待するほうが野暮なぐらいで。
もしもし、聞こえますか。どんな風に、この声は聞こえていますか……
『SELF & OTHERS』 佐藤真より
さて、この午腸さんの肉声、
どきっとさせられましたねえ。
何せ、本人もこんなところで蘇るとは思ってなかったでしょうが、
まさに風のささやきに似た、
この人の孤独ななかに咲くピュアな意志のようなものが、
時空をへて再生されると、思わずぞくぞくする感じがします。
ぼくには以前からこの種の声が聞こえていた気がしましたが、
なにか懐かしいような気がしたのでした。
牛腸さんを難しい言葉で語る自信はありません。
言葉がうまく出てこないのです。
ただ眺めるだけで、胸がいっぱいになるのです。
僕にとってはそんな写真家なのです。
でも、それでいいんだと思うようになりました。
全ては写真の中にあるものですから・・・
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