神代辰巳『赤線玉の井 ぬけられます 』をめぐって

赤線玉の井 ぬけられます 1974 神代辰巳
赤線玉の井 ぬけられます 1974 神代辰巳

淫靡を温める女たちに捧ぐ赤線ブルース

いまどき、その辺の若者にでも、
“赤線”って知ってる?
などと唐突に尋ねてみたところで、それって何?
などといい返されてもしょうがない時代の
真っ只中に生きているのは確かである。
ある程度歳を重ねた人ならば、ニヤリとするかもしれないが、
こちらも、なんとなくは知っていても、
かと言って武勇伝の一つ二つ
得意げにかませる遊び人というわけでもなく、
実際の風俗としての実態など、
全く想像がつかないのが正直なところ。

そうはいっても、赤線の中身は、手を替え品を替え、
時代に沿って多少の変遷を生き延びて
この国の裏産業を今尚活発に支えているのは周知の事実である。
いってみれば、人類最古の職業とまでいわれる
この赤線の中身が、それとて“健全な文明の証”、
と言えぬわけでもない気さえするのは、
この国の豊かなる性文化、性産業に目を向ければ一目瞭然。
男であれば誰だってそのぐらいの気配ぐらい察知できる。
要するに、人間の露骨な欲望の一つである、
性愛にまつわる歴史の中で、
売春自体が半ば公に許されていた地域エリアを赤線と呼ぶのだ。
その赤線に売春防止法が施行されたのが
半世紀以上も前、昭和33年。

その前に撮られた溝口健二の遺作『赤線地帯』が
かなり暗い陰を感じさせる風俗映画だったとすれば
神代辰巳の『赤線玉の井 ぬけられます』は括弧付きではあるが
陽と言えなくもない映画である。
まさに娼婦たちの群像模様が、お正月という特別の空気の中で
あっけらかんと描かれていて、
その抒情が愛おしくさえ感じられる傑作である。

この二本は赤線のみならず、日本の風俗、
こと売春という産業を人間という側面から描き出した、
重要な作品ではないかと考えている。
溝口健二の『赤線地帯』についてはここでは触れない。
また別の機会に語るとして、
この『赤線玉の井 ぬけられます』について
言葉を書き連ねてみよう。
まずは神代辰巳が溝口と比肩するかしないか
そんなことをあたらめて追求する気はないが、
重要な作家であることに異論はない。
いや、ある意味、比べるまでもなく
より人間臭い、いうなれば哀愁を感じさせるのが
まさに神代辰巳のもつオーラである。

玉の井とは、現墨田区にあった売春街のこと。
永井荷風の『濹東綺譚』や『断腸亭日乗』で知られる
私娼窟である。(言うなれば無許可の店である)
その特飲店「小福」にて、店の女達に、
殿山泰司扮する娼家の親父がこんなことをいうシーンがある。
「男を早くイカすにはな、股ぐらをこう、
またいで火鉢で暖める事じゃ。
そうするとな、アソコがあったまって男は早くイクんじゃ」
真偽のほどはともかく、
なんともおかしくついにやけてしまう台詞である。
こんな露骨でゲスなおかしみある場面は
溝口にはまったくない発想であろう。
それでいて、何かほっこりする。
まさにロマンを感じるワンシーンだ。

当時の娼家がどういうものだったか、
そんな映画を見て、鵜呑みにするのもどうかとは思うが、
この哀愁をおびた日常で、少なからず、
こういう人間味あふれた世界もそう悪いものでもないな、
などとつい思ってしまう。
むろん、これはあくまで映画の話。

1日に二十六人の記録を持つ中島葵演じる繁子は
今じゃお茶を挽く身の窓際娼婦。
屋根に上っては自殺行為を繰り返す黄昏女だが、
最後は、人知れず鞍替えの淋しき身の上。
その繁子の記録を塗り替えようと
対照的なまでの、あっけらかんとして
例の股火鉢で細工しながら奮戦するは蓮っ葉
丘奈保美の直子のたくましさ、
この肝が座った女の喜劇に心もなごむ。

一方、宮下順子のシマ子はというと、
刺青フェチという性癖から、
志波というやくざのヒモを抱え込み、
このどうしようもない男に惚れてしまったがゆえに、
ズブズブの身売り稼業からなかなか足が抜け出せない。
口では女にわびてはみるが、
やっていることは、最低のこのヒモ男はヒロポン漬け。
そして、暴力、博打、浮気と絵に描いたそのスジの男。
そんな男と離れられないのが惚れた女の哀しさである。
そんな女を演じれば、宮下順子の右に出るものはいない。
ちなみに、相手の志波演じる蟹江敬三は
ロマンポルノでも数々の好演をみせてきたが、
やはり、こうしたどうしようもないクズ男が絶品の、
悪役には欠かせない名脇役であるとあらてめて思う次第。

そして芹明香演じるのは、結婚するために一度は足を抜いた公子。
「金襴緞子の 帯しめながら 花嫁御寮は 何故泣くのだろ〜」
この童謡「花嫁人形」を口ずさむ風情にそそられるが、
新婚旅行で、相手の男の床下手っぷりに呆れ
早速愛想をつかして元の娼家に舞い戻り、
「洗浄すればバレないわよ」などと言ってけろり客をとる公子。
せっかく一度は親見になってまで送り出したはずの
流石の女将もこれじゃ立つ瀬がない。
そんな放蕩娘だが、水揚げで処女を奪われて以来、
骨の髄まで、赤線情緒が身についてしまっている女だ。
で、ここの情的女将は、日活ポルノの常連絵沢萠子だ。
「客のスズナリ」を唱えながら、鈴、そして巨大マラを
愛おしげに摩る様に風格がにじむ。
やはり、日活ロマンポルノにこの顔はなくてはならなぬ、
弁才天と言ったところか。

そんな女たちの生き様が哀しくも、たくましく
滲み出る生活臭ととも描き出される話だ。
途中に挿入される字幕。
そして監修にも名を連ねる滝田ゆうのイラストが
これまた絶品なまでの風合いを帯び、郷愁を誘う。
これで、ラストがまた、たまらなく切ない。
誰に告げず、一人鞍替えの繁子が漏らす
「夜霧のブルース」を聞いていると
思わずそんな彼女たちを一人一人抱きしめてやりたくなってくる。
記録挑戦に、思わず手ならぬ、
ナニでも貸してやりたい気さえしてくる。
そう、そんな赤線なら、
ついふらっと通いたくなってくる自分がいるのだ。

青い夜霧に 火影が赤い
どうせおいらは 独り者
夢のスマロか ホンキュの町か
ああ 波の音にも血が騒ぐ

作詞 島田磬也 / 作曲・編曲 大久保徳二郎

光と影 · Kojima Mayumi

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