室田日出男スタイル『人妻集団暴行致死事件』の場合

人妻集団暴行致死事件 1978 田中登

お人好し、では終わらない。空気に棲まう男の哀愁

『人妻集団暴行致死事件』、
タイトルだけで考えるとどうにも重く痛い。
さほど気乗りしない。
気乗りしないどころか、なんだか嫌な思いだけが
伝わってきて、食指を動かしたくない代物なのだが、
これは日活ロマンポルノである、という事、
しかも監督が田中登であるということを鑑みれば、
事情は少々変わってくる。
田中登の才能は十二分に知っている。
まずはこの目で見て確かめるべし。

そうして見終わったあとでは
これもまた、実に名作だと呟く自分がいる。
もともと、10分に一度の男女の絡みを
必然的に強要されるのが、ロマンポルノの定め。
ややもすれば性が男の消費としての側面を
逃れ得ない作品の多いポルノ作品のなかで、
この『人妻集団暴行致死事件』のような本物に
出会うことはそう多くはない。
やはり一味違う、いや全然違うのだ。
実に、土と水と汗の匂いが漂ってくる
“ロマンある”映画に仕上がっているのだ。
しかし、ロマンといったのは言葉の綾で、
展開される話はそのロマンを超越した衝動であり、
暴力であり、切なさである。

東京近郊の地方都市、河が流れているその周辺で事件は起きる。
果たしてここは日本なのだろうか?
そこには紛れもなく自由かつ無秩序なカオスといった
当時の空気が支配している。
確かに、70年以降の東京近郊の町が
急速に近代化してゆくそのような気配を
映画からも如実に感じ取れるのだが、
行き交う電車のショットや、鶏の毛をむしり取るシーン、
その生活風景はまさに昭和そのものである。
食べたり、飲んだり、笑ったり、はたまた格闘したりといった
時代そのものの空気が執拗なまでに生々しく刻印されている。
そんな田中登の描く世界からは、
現実から目を逸らさない鋭い視線に射抜かれるような
どこかエドワード・ヤンやツァイ・ミンリャンと同じ空気感、
あたかも台湾ニューシネマのような気配すら感じ取るのである。

女の肉体にしか関心のない三人の中卒、
仕事にあぶれた悪ガキ達が、人の情に付け入って、
取り返しのつかない事件を犯してしまうわけだが、
事件そのものが衝撃なのではない。
室田日出男演じる人の良い泰造は、
その妻をその無軌道な若者達によって奪われてしまっても
その感情の矛先を衝動的にあらわにしたりはしない。
むしろ、犯人達に対する怒りよりも
常軌を逸脱したかのような無念さを
亡き妻の遺体をいたわるかのように風呂で清めながら
自らの無力さをも慰めているその姿に震えてしまうのだ。

少し頭の弱い風情を見せてきた妻の見開かれた瞳孔が、
その無念さを人形のようにただ虚空を射抜くように見続けている。
なんという画なのだろう。
この黒沢のり子の形相が、実に美しくかつ素晴らしい。
そして下手なホラーものより恐ろしい瞬間を捉えているのだ。
これがロマンポルノなのか、性の消費を超えた、
生の慟哭が静かに積み上げられてゆく物語に
ポルノというくくりは無用だ。
だが、冷静にいうならば
ロマンポルノ史上でももっとも美しい瞬間の一コマだとさえ思えてくる。

悪ガキ達は、結局のところ、
主犯格の古尾谷雅人だけが実刑を食らうのだが、
それでも7年ほど。
後は執行猶予付きといった甘いものだ。
泰造は決して、愚かな人間ではない。
そして人道主義でもお人好しというわけでもない。
現実の感覚を照らし合わせたところで意味はないが
どちらが加害者か被害者かわからぬような扱いを受けながら、
夫として、そこで初めて妻の肉体が、悦楽ではなく、
心臓に病を抱えた弱い身であったことを知り、
そのことに無自覚であった自分を責めるのだ。
そんな思いに苛まれる純粋な男の痛みが胸を締め付けてくる。

そしてラストシーンは驚くほど能天気な執行猶予付きのカップルが
颯爽と自転車で楽しげに並走して終わる。
この無常観は、風呂場でいとしげに死体を清めた
室田日出男の哀しさとは実に真逆のものである。
快楽と無軌道こそが、唐突なことで日常を揺るがしはするが、
といって、誰もがそこで立ち止まることはない。
川の流れのようにただひたすらに続いてゆくのだ。
やるせない気だるさだけがそこ横たわっている。
我々の眼差しはひたすら虚空をみる。
そうした空気が全身にまといついて離れない。
ちょっとした衝撃を受けた一本である。

この室田日出男という俳優は、東映任ヤクザものをはじめ
体を張ったアクション映画やヒーローもので、
主に悪役というか、腹の据わった脇役で
その名を馳せた俳優だが、何かと問題児であったという。
この『人妻集団暴行致死事件』は
覚せい剤不法所持容疑からの謹慎明けの一本となった。
よってここから再出発を機してスタートした活動は
以後、演技の幅を広げ、テレビ、映画を問わず
重宝された名脇役像を新たに獲得してゆく。
言わずと知れた、川谷拓三らと結成したピラニア軍団のリーダー格であり、
個人的には『前略おふくろ様』でのトビ役
人情味ある、気の短い半妻の兄ぃが、印象深く残っている。
「寅さん」から『ふぞろいのリンゴたち』、そして大河ドラマにまで
抜擢されるほど、現場の人間たちに愛された男。
享年64歳はいささか早すぎたか。
人生の苦味が滲み出した、シャイで、どこか危ない陰を背負った
中年男っぷりがどれも忘れられない。

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