ロピュマガジン【ろぐでなし】VOL.4

ログでなしvol4

テレピン油の香りも悪かないね、なんてキザなことを呟いても、
反応する人はごく一部。
つまりは油絵を嗜んだことがあるか否かの話で
しかも、嗜んだからって、誰もが好きになるものでもない。
不快だと思ったとしても罪はなく、
いい匂いだという人間は相当な変わり者だ。
とはいえ、油絵なんて面倒なものを嗜む人は、
優雅とはいえ、やっぱりどこか変わり者なのだろう。
かくいう自分は油絵をほんのいっとき、齧った口だが、
絵そのものが好きなだけであって、特にこだわりなど持ってはいない。

そもそも、絵を描くという行為が、いつから敷居が高くなってしまったのか、
はたまた拡張高いものだという意識が一人歩きしているのか、
そんな事は知っちゃいないが、
かつての名画がいくらで売れ、どれほどの価値があり、
誰それは何某よりも腕が立つ、などというような外堀ばかりを駆け巡って
絵の本質からは程遠い下世話な話題ばかりが一人歩きするのがうんざりで、
絵ごときが、とあえていってみるが、
我々の手の届く代物じゃないっていうような、
そんな門外漢的な扱いを受けるほどに、
一枚の絵に価値はあるのだろうか?と思ってしまう。

いや、ここでは価値の話をしたいわけじゃない。
今のようにこれほどまでに写真文化が当たり前の時代になったからこそ、
絵の価値は、絵の存在は、輝きを増すんじゃなかろうか、
そんな風に思う人間は、果たして骨董なのであろうか?
少々周りくどい書きっぷりになったけれども、
僕は絵の可能性、一枚の絵の魅力に取り憑かれた人間というだけだ。
絵描きという存在の復権を願って、ここに広漠たる美術史の中から
なんの脈略もなく、心に留まった画家を拾い集め
個人的な思入れを書いてみよう。
あえて、絵というものに終始固執した画家たちについて取り上げてみよう。
僕にとってはそうした絵描きは憧れであり、同志であり、夢先案内人だ。
そして、野球選手やサッカー選手に憧れる子供達がいるように、
そんな画家たちに心奪われる子供達、
あるいはそんな子供のような心を持った同志たちにも捧げよう。

ビビビの巡礼にて、絵画一人旅。

  1. 汚れなき審美眼の発露に感ムリリョ・・・ムリーリョに焦がれて
  2. 変相を拒否する変奏の美学・・・モランディに魅せられて
  3. 下ネタならぬシモネッタ礼讚、名画の中のエロスと運動力学・・・ボッティチェッリに誘われて
  4. どんな変顔も太刀打ちできない知的で優雅なカオスモス・・・アンチンボルドを讃えて
  5. 異端の中のボス、こんな画家がいたんです・・・ボスに馳せて
  6. 危険な伝統は消せ。猫少年バルタザールが行く・・・バルチュスに靡いて
  7. Who Is FOU FOU?・・・藤田嗣治を追って
  8. 覚めやらぬ背徳劇場の支配者につぐ・・・ベーコンに佇んで
  9. 失われた太陽を求めて・・・難波田史男を愛でて
  10. 天外魔境の画狂人はポップスターの先駆けであった・・・北斎に詣でて

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