フレデリック・ワイズマン『臨死』をめぐって
臨死の守りかメメントモリか、賢者の凝視はかく語りき 何年か前のことだった。高齢の母親の入院の際、我が家族は、病院からのヒアリングとして、何かあった時に、延命治療を施すかいなかの誓約を求められ、しばらく考えたのだが、その際...
臨死の守りかメメントモリか、賢者の凝視はかく語りき 何年か前のことだった。高齢の母親の入院の際、我が家族は、病院からのヒアリングとして、何かあった時に、延命治療を施すかいなかの誓約を求められ、しばらく考えたのだが、その際...
佐藤さんの映画というのは そうした映画作りの本質を鋭く暴き出していた。 『阿賀に生きる』という映画をみたときの衝撃は計り知れない。 それは決してアバンギャルドなものでもなく 何かしら、時代を意識させるような華々しいイコンに満ちているとか そうした娯楽性を重視したものではなく ただ、その地域に生きる人間の生の生活を丁寧に追い続けた 長年の記録が映し出されていたのである。
ドキュメンタリーとは、文字通り単なる事象の記録でもなければ 躍動的写真の連続体というわけでもない。 また、あるがままに晒された現実でもない。 それは多くのフィクショナルな劇映画となんら変わることはない、 映画としての、魔法や方法論を駆使した主張なのだ。
シークエンス写真という概念は、 それだけでフォトストーリーであり たとえばクリス・マルケルの映画『ラ・ジュテ』を彷彿とさせる。 マルケルは連続する静止画で映画を形成したが マイケルズはそれを平面の写真だけでやってのけただけである。
ラトビアのリガ生まれのアメリカ人 マグナムフォトの写真家フィリップ・ハルスマンといえば 何と言ってもダリとのコラボレーション「ダリアトミクス」が有名だ。
ダイアン・アーバスは両性具有や奇形、服装倒錯者、ヌーディスト、小人etc....... あるいはあからさまに精神に問題を抱えているような そんな被写体ばかりを選んで写真を撮り続けた、 いわば内的トラウマを想起させる写真家である。 当の彼女はうつ病の傾向があり、48歳の時、 アパートのバスタブでリストカットをして自殺を遂げている。
お母さんの着物の袖を引っ張る子供達。 お母さんの微笑み。 それを愛おしげに見守るカメラ。 このコンポジションこそが植田正治の根本にある、 永遠の少年性のようなものの原点のように感じるのだ。
戦火の中で平和と愛を夢見たユダヤ人、 旧ソはリトアニア出身の写真家 イスラエリス・ビデルマナスは、 フランスに亡命し当初は画家を志望するも、 おそらくは生活の為に、 写真を選ばざるをえなかったのだろう。 フランスに帰化してまでそのパリに活躍の場を求め イジスという名で、主に「パリマッチ」のフリーランスカメラマンとして活躍し 「何も起こらない場所のスペシャリスト」と称されたのだった。
手元に一冊の写真集を眺めている。 日本が誇る写真家細江英公と舞踏家土方巽によるコラボ 『鎌鼬ー田代の土方巽』は、まさに一つの神話のような 奇跡を刻印している。
ビル・ブラントの写真を前にするとき 人は、その隠された秘密を紐解きたい欲望が ふつふつと込み上げてくるかもしれない。 けれども、写真をいくら眺めていても ビル・ブラントの文献に目を通していても 秘密があからさまに暴露される訳でもない。 『パースペクテブ・オブ・ヌード』における 各肉体へのクローズアップは、 そうした秘密への鍵として、現前に投げ出されるだけだ。