東京都現代美術館 『坂本龍一|音を視る 時を聴く』のあとに

東京都現代美術館『坂本龍一|音を視る 時を聴く』のあとに
東京都現代美術館『坂本龍一|音を視る 時を聴く』のあとに

チャーミングなフリークスの肖像に捧ぐ

東京都現代美術館で開催された『坂本龍一|音を視る 時を聴く』展は、
会期中、延べ34万人以上が来場するという、
美術館の企画展過去最高の動員を記録。
死後3年の月日が流れてもなお、人々の関心、
その存在の大きさを改めて感じることができた。
単なる回顧展でもなく、無論いわゆる美術系の展覧会でもない。
それは、音楽家・坂本龍一が最後に私たちに遺した“詩”であり、
長年坂本が夢見ていた空間を舞台とした音の彫刻、インスターレーションであり、
そして何より、「時間の感触」を問い返す、深い祈りにまもられての展覧会だった。
そこでは、ジョン・ケージの沈黙やナム・ジュン・パイクの波動、
そしてタケミツや谷川俊太郎の祈りまで感じとりながら、
少し、見方を変えれば、坂本龍一への少し遅れたレクイエム、
そう呼ぶにやぶさかではない場だったとさえも言える。
そしてもう一つ——そこには、「人間・坂本龍一」という存在が記された、
ささやかなメモたちの声があった。

ここでは、この展覧会の構造とその意図を現代美術の視点から読み解きつつ、
展示の余白に見え隠れする“人間坂本龍一”に焦点を当てたい。
彼が遺した音と、思索のことばの交差点に、私たちは何を見るのだろうか?

坂本龍一というと、まず音楽家としてのキャリアに目が向きがちだ。
正直なところ、今回の展示における音楽的な刺激はさほど受けてはいない。
だがこの展覧会は、視覚中心の空間である美術館において、
あえて「聴くこと」に焦点を当てた。
その行為自体がすでに挑発的ですらある。
音は見えないし、時間と共に流れていく儚きものだ。
そんな音の儚さを、いかに空間に“設置”するのか。
それが坂本にとって、晩年の最大のテーマであったのかもしれない。

展覧会の構成は、1階、地下2階、そして屋外に及び、10点以上の作品が点在する。
だが、そこには通常の展示のような明快な導線は存在しない。
むしろ、観客は音の揺らぎに導かれるように空間を彷徨い、
映像や装置を通し聴くことに“沈み込む”ことを求められる。
まるで、見えない楽譜の中に入り込んでいくかのように。

この展覧会で、最も心に残ったのは、むしろ
何気なく残された、自らの手で書き留めた小さなメモの断片だった。

「What is the purpose of my life?」——1984年11月18日。
絶頂期に、すでに彼は問いかけていた。
「To do what I want to do.」
淡々とした筆致で、自らに答える。
その3カ月後には、こんな追記さえある。
「charming な人間になるため!?」

この「!?」に、ぼくは彼のユーモアと照れ、
そして鋭利な自己批評のセンスを見た。
坂本は天才と呼ばれながら、常にその言葉から距離を置いていた。
知性よりも感性、理屈よりも魅力。
彼は“チャーミングであること”を、
ある種の倫理のように考えていたのかもしれない。
まさに彼こそは音楽界における“THIS CHARMING MAN”だったのだ。

また、別のメモにはこんなことが書かれていた。
「奇型、フリークスであること。
それ自体が特権的な価値だ(この平均化された社会において)」と。
坂本は、常に“逸脱”を意識していたアーティストだった。
言うなれば、ラディカルでアヴァンギャルドな革命家の血が流れていたのだ。
YMOという大衆の中心にいながら、
心は常にゴダールや柄谷行人、中沢新一、バロウズやフーコーといった
最先端の文化発信に目を光らせていた。
彼にとって“フリーク”とは、社会の基準から外れたことではなく、
自分の輪郭を強く刻むための美学だったに違いない。

坂本の作品の多くは、現代美術の語彙で語ることができるだろう。
それは音楽という枠組みの中で“完成された作品”を提示するのではなく、
むしろ観客とのあいだに開かれた“問い”として存在している。

たとえば、高谷史郎との共作《IS YOUR TIME》では、
震災で津波にのまれたピアノが、地震データとともに音を鳴らす。
そこにあるのは、調和ではなく、破壊された音、歴史の痕跡、自然の声である。
作品は音楽でありながら、まるでモニュメントのような風格を持ち、
時間の深層を観客に感じさせる。

また、アルバム『async』をもとにしたインスタレーション群では、
映像、光、日常音などが混在し、
音楽がもはや“耳を傾けるだけのもの”ではなくなっていく。カールステン・ニコライとの共作《PHOSPHENES》では、
ヴェルヌの『海底二万里』が音と映像の断片となり、詩的な没入空間を生成する。
ちなみに、《PHOSPHENES》とは日本語で“眼閃”と訳される。
眼を閉じ、光を遮断した状態で光が見える現象のことであり
網膜刺激によって見えるこの眼閃を
ここではアーティストが意図的に表現したものだ。
これらはサウンド・インスタレーションというジャンルに位置づけられるだけでなく、
身体、環境、記憶といった現代美術の主題を含んだ作品群である。
坂本は音を使って、「存在とは何か」「記憶とはどのように空間に留まるか」
といった、哲学的かつ詩的な問いを投げかけていたのである。

坂本龍一を“見えない彫刻家”と形容することは、決して比喩ではない。
彼は音を素材とし、それを空間に配置し、
聴く者の身体と関係づける彫刻的な手法を望んだ。
ジョン・ケージの沈黙を出発点としつつも、
坂本はより情緒的で、より記憶と感情に踏み込んだ地点に向かっていた。
霧のなかに漂うような《LIFE – fluid, invisible, inaudible…》、
観客の動きによって音が変化する《センシング・ストリームズ》。
これらは何も視覚芸術ではない。
だが、身体がそこにあることを強く意識させる「時間芸術」であり、
視覚と聴覚を編み込む総合芸術でもあった。

今回の展示でしばし使われていたメタファーとしての「水」
タルコフスキーを持ち出さずとも、その物質のなかに、
彼は生命のノスタルジア、そしてカタルシスを託していたのだろう。

坂本龍一は、音楽を空間化し、視覚化し、彫刻化した。
言い換えれば、音という“見えないもの”を、いかに見えるようにするか?
そして時間という“流れるもの”を、いかに感じ取れるようにするか。
その営為は、彼を現代美術の最前線にさえ立たせるに十分だった。
彼は音楽という狭い枠に押し込められることを嫌った。
その活動は、実に多岐に渡り、後期には政治的な発言も目立った。
それが坂本龍一の関心ごとだった。
彼こそは、日本人であり、教養人であり、戦士であった。

だが、その試みの背後には、どこかで「チャーミングなフリークス」
としての彼の人格が、静かに、しかし力強く響いていたと思うのだ。
そう、そこにぼくは魅了されてきたのだ。
この展覧会は、坂本龍一という一人の芸術家が、
音楽の枠を軽やかに超えて、いかにして世界と繋がろうとしたかの記録である。
それはまた、我々がいま、音をどのように“聴く”のか、
時間をどのように“感じる”のかを、静かに問い返す装置でもあったのだ。

そうなれば、「音楽家」と呼ばれることすら、もはや不十分かもしれない。
彼は音の思想家であり、時間の建築家であり、
チャーミングな異形の人だったのだと。
そして私たちは、いまも忘れることなく、その言動に耳を澄ませている事になる。
彼の静かな余白を、どこか遠くで聴き取るために音を聞くのだ。

Ryuichi Sakamoto – “Life, Life”

坂本が闘病を経て復帰後、約8年ぶりに発表したソロアルバムとなった《async》からの一曲「LIFE LIFE」。詩は坂本自身が書いたが、声は盟友のシルヴィアンが協力している。これは「死と時間」「孤独と存在」をめぐる個人的かつ哲学的な作品であり、音楽的には旋律は影を潜め、従来の美しさ・調和よりも、明らかにノイズ、非対称、無音の余白に重心を置いているように思える。よって坂本が自らの終焉を見つめながら描いた「音の遺言」とも解釈できる。その遺言の根底にある生の断片と、その響きの彫刻化だが、今回はニューヨークの生活風景や小窓的映像と共に再現されていた。それをこの展覧会で視覚的に“視る”体験は、坂本の思想を「音の外」にまで広げた、ひとつの芸術的結晶として、ぼくの目には映っていたのだ。

Beautiful Freak:The Eels

もう一曲、これは僕の大好きなバンド、愛すべきフリークスこと、マーク・エレヴェット率いる「イールズ」が1996年にリリースしたアルバムから、その名も「Beautiful freak」この曲を教授にも捧げよう。

普通であることに、君は一度も興味を持たなかった。
音が鳴らない場所にこそ、君は耳を澄ませ、
フリークであることに誇りを持ち、
世界の平均値から、いつも半歩ずれて笑っていた。
そこからしか聴こえない「何か」を、
私たちにそっと手渡してくれ続けた。
Beautiful freak、美しき奇形よ。
そんな君をいまなお僕は愛している。
そして僕は知っている。
君は音で、風で、沈黙で、
世界を愛し、世界に抵抗し、
それでも、誰かの心にそっと触れようとしたことを。
その思いを忘れなかったことを。