ピンク・フロイドとヒプノシスをめぐるジャケット考察

Pink Floyd

ジャケットの誘惑は催眠術のごとく

雨の一日、ずっとピンク・フロイドを聴いていた。
これまでよく聴いていたものも
全く聴いてなかったものも含めて聴いていると
改めてピンク・フロイドそのものが好きになってくる。
それだけ、魅力のある音楽なのだ。
これもいい、あれもいいと高揚してきて
なんだかクリエイティビティが
内側からじわじわとこみあげてくる気分になって
おかげで、ちょっと狂気めいた気持ちが育ってきた気がする。
いわば、月に向かって吠える狼の気分とでも言おうか。

いわゆる“プログレ”と呼ばれるジャンルのなかで
キング・クリムゾンは別格としても
ピンク・フロイドのもたらした功績は計り知れない。
それはたんにセールス面のみに限らず
多くのアーティストたちへの影響度を見ればわかることだと思う。
ことに、ぼくが大好きだったニューウェイブの音楽や
ポストニューウェイブ層に対しての影響力という意味で
やはり相当影響力を持っているんだな。

ビートルズやストーンズとは全く違う意味で
彼らのサウンドは音に宿った精神性というか
そのものズバリな狂気というか、
サウンドテクチャーの濃さ、重さというか、
今尚色濃く陰を落としつづけている、
まさに伝説のバンドと言っていい。

初期中心メンバー、シド・バレット在籍時とそれ以降では
サウンドカラーにも随分変化が見られる。
初期はサイケデリック〜ブルースにアシッドフォーク。
以後はいわばロックとしての成熟。
アートロックと呼んでもいいかも知れない。

アルバムでいうと長年の愛聴盤になっている『原子心母』あたりが
ちょうどターニングポイントのような気がしている。
続く『狂気』では見事なコンセプトアルバムにしあがっており
一冊の本、映画のように、ずっしり重い内容を呈している。
また、高校生の時にラジオから流れてきた『The Wall』を
リアルに聴いてしまった体験は忘れ難いものだ。
「Comfortably Numb」のギルモアのギターソロ。
あのエモーションに心揺さぶられたものだった。

そんな伝説のバンド、ピンク・フロイドを中心に、
そのジャケットワークを手がけたデザイン・チームこそが
「ヒプノシス」だ。
今日はそのアートワークについて書いてみたいと思う。
ヒプノシスのリーダーであるストーム・ソーガソンと、
ピンク・フロイドのロジャー・ウォーターズ、シド・バレットとは
高校時代からの仲間だった。
その縁が取り持って、あのような歴史的名盤との共犯関係が
続々出来上がっていったのである。
1968年、ソーガソンとオーブリー・パウエルによって誕生したこのヒプノシスは
ピーター・クリストファーソンを加えて
いよいよ軌道に乗り始めたのが70年代。
まさにピンク・フロイド全盛期とぴったり重なるわけだ。
ソーガソンこそは第五のメンバーといってさしつかえあるまい。

ヒプノシスと言うと
思わずギリシャ語のhypnos(眠り)と言う意味に
思わず引っ張られ催眠術のことかと思いきや、
先進的、かっこいいと言うような意味のヒップ、
「知識」また「認識」という言う意味を持ち
同時に物質と霊的な側面の二元論からなる
グノーシスとを掛け合わせて生まれた造語で
まさに、ピンク・フロイドのサウンドに相応しいコンセプトになっている。
シド・バレットの書き残した落書きに含まれていた言葉だという。

ヒプノシスのジャッケットワークには
ピンク・フロイド以外でも興味深いものが多く
音楽以上に惹きつけられる。
ただ、ヒプノシスの場合、ジャケットに惹かれても、その中身にまで
個人的には熱狂できないものも多数含まれており、
かなり“スリル”がある。
そこのところは、BLUE NOTEやECMといった
ジャズレーベルへの安心できる偏愛性と一線を画す所以だ。
あくまでもジャケット第一、デザインとして
鑑賞する分には素晴らしいものだと思う。

今、改めてヒプノシスについて注目すると
先日記事を書いたばかりのルネ・マグリットの影響を強く感じる。
どっちにも取れる「二面性」を全面に押し出した
謎めいた暗示が特徴だ。

それは、一旦聴覚から離れ、まず視覚によって
リスナーを刺激する知的なゲームのようでもある。
人物中心のカバーだったそれまでの音楽史に
意味や内容を深く読み解くメッセージ性をもった
コンセプチュアルな一面を持込んだのは
まぎれもなくヒプノシスの功績に違いあるまい。

ヒプノシス全作品集【2000部完全限定】

これは眺めているだけで楽しい画集。
改めて見ると壮大かつ興味深いデザインである。

ヒプノシス、ジャケ買いセレクション

ヒプノシスが手がけたジャケットのなかで
ピンク・フロイド関連を中心に、とりあえず
個人的に気になる10枚のアルバムをここに上げておこう。

Atom Heart Mother:PINK FLOYD

やはり、ここが原点かも知れない。
前回のインパクトあるジャケットにセレクトしたが
ピンク・フロイドの中でも大好きなアルバムでもあり
ヒプノシスのデザインセレクションでも再度取りあげたい。
アンディ・ウォーホルの「牛の壁紙」に
影響を受けたというが本当だろうか?
なぜ牛なのかはよくわからないが、インパクトは絶大である。
のちにTHE KLFはオマージュとして
羊のモチーフで『CHILL OUT』を発表するが
この『原子心母』を超えるまでには至っていない。

The Dark Side of the Moon:PINK FLOYD

これまた名盤なのは言うまでもないが
その前に、The Dark Side of the Moonというタイトルを
『狂気』と訳した放題に関しても秀逸だと思う。
光のプリズムを見事にデザインに取り込むセンスに素直に脱帽する。
まさに事件である。
楽曲も素晴らしく、まさにロックの名盤として記憶されるべき一枚である。

 Ummagumma:PINK FLOYD

ピンク・フロイドファンのこのアルバムに対する思い入れはよくわからないが、
左側に写り込んだ永遠性が目を惹く。
コンセプチュアルで、これもマグリット的だ。
ライブ盤とスタジオ盤カップリングの2枚組。
中身もなかなかいい。
このジャケットを見ると
巨匠ヤン・ファン・エイクの『アルノルフィーニ夫妻像』に描きこまれた鏡を思い出す。

 ここまではピンク・フロイドのアルバムセレクト。

Barrett :Syd Barrett

記念すべきシドのファースト『Madcap Laughs』デザインも捨てがたい魅力があるが、
こちらはシド自身が手がけた貴重な昆虫のイラストを使用。
その分、こちらに軍配を挙げた。
アルバムのクオリティは自体は甲乙付け難い。
シドは虫が好きだったのかな?

Houses of the Holy:Led Zeppelin

「聖なる館」と訳されるツェッペリンの第5作目。
ツェッペリンの音楽はあまり聞かないし
好みではないのだけれど、ジャケ買い派としては
このアルバムなら十分に買える。
アーサー・C・クラーク『幼年期の終り』にインスパイアされたというデザインだが
アメリカでは子供達の裸で検閲が入ったという問題作である。
ヒプノシスのジャケットワークの中でも
かなりインパクトのある一枚である。

Peter Gabriel 1:Peter Gabriel

ピーター・ガブリエルの初期のソロは皆ヒプノシスデザインである。
インパクトだけを考えると、
溶ける顔や爪痕が目に焼きつくPeter Gabriel 2もしくは3
ということになるかもしれないが、
個人的にはガブリエルのこのファーストソロが好みだ。
ジャケットに品性と叙情性がある、というと語弊があるかもしれないが
ナイーブでセンシティブな感じを受けるからだ。

TRY ANYTHING ONCE:ALAN PARSONS

やっぱりヘンである。
変わった感性に支配された、まさにヒプノシスらしい一枚と言えるだろう。
まさかアルバムのコンセプトでもあるまいし、
中吊りの人間たちがあたかもオブジェのように配置されているが、
どうやって撮影したのかが気になる写真である。
そんなことを考えながら手にしたが
中身にはさほど思い入れはない。

Livestock:Brand X

イギリスにおけるジャズ・ロックの雄といえば
このブランドXをおいては語れない。
そのライブ盤であるが、凄まじいテクニック集団の
生演奏が十分堪能できるアルバムだ。
中でもフィル・コリンズ、パーシー・ジョーンズの超絶リズム隊は無敵なのは言うまでもない。
その無敵ぶりを謎めいた匿名性に溢れるコラージュジャケットで仕上げた
ヒプノシスのセンスに一筋の知性を感じる。

OBSESSION :UFO

UFO、マイケル・シェンカー。
はっきりいって音楽は全く趣味ではない。
だから聴いたこともないし今後聴くこともないだろう。
けれども、なぜかこのジャケットには
強烈に惹かれてしまう何かがある。
まさに OBSESSIONである。
このようにヒプノシスには音楽を越えた魅力が
ジャケットに込められている場合が往往にしてある。
まさにそそられる一枚である。

How Dare You:10CC

怒った時の常套句「なにをいってるんだ」というタイトルが
邦題「びっくり電話」というのがどうかはともかくとして、
ちょっとしたサスペンスを感じさせる
この映画風のジャケットセンス。
10CCというバンドへの嗜好は微妙なのだが
好き嫌いは別にして
思わずジャケ買いに走ってしまいそうな、
そんな魅力に満ちている一枚だと思う。

こうして気ままにセレクトしてみると
どれもやっぱりへんな感性である。
今の時代の感性からすると
おどろきは少ないのかも知れないが
時代を考えるとやはり凄いの一言だ。
アート好きにはたまらない刺激がある。
いや、唯一無二である。

また、自分にはない感性だというのが
惹かれる最大の理由かもしれない。
自分にはこういうデザインセンスは持ち合わせていない。
だから感心するばかりである。
またじっくりとヒプノシスには対峙したい。

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