エリック・ロメール『レネットとミラベル/四つの冒険』をめぐって

『レネットとミラベル/四つの冒険』1986 Eric Romher
『レネットとミラベル/四つの冒険』1986 Eric Romher

ヴァカンスにいけない鬱憤をロメールという日常で彩ってみよう

バカンスシーズンだというのに、なかなか気が晴れない。
そんなときは、何と言ってもロメールに限る。
何より、ロメールの映画を見終わった後に思うことは、
間違いなく、面白いということだ。
それをセリフ、空気感だけで納得させてしまう。
そうなんだ、ロメールは絶対に面白い。
面白いといっても笑える、ワクワクするという単純な面白さではなく、
なんだかとっても近しくって、でもよくよく考えると
なんて遠い世界なんだって思わせる、
にくい限りのヌーヴェルヴァーグ重鎮の
巧妙な悪意に感心するのだ。

とりあえず、バカンス気分に身を乗り出すようにして、
ロメールの中でも最も軽妙な作品の一つに数えたい
『レネットとミラベル/四つの冒険』の話でもしよう。

フランスの田舎町、牧歌的風景の下で、
ふたりの女の子の出会いから始まり
夜明け前の“真の静寂”を巡るロマンティックな話で終わる「青い時間」。
次に、パリで部屋をシェアする事になる二人。
そこでパリのカフェの待ち合わせ時に起こった
意地悪なギャルソンの話を巡る「カフェのボーイ」
(こんな人がいるのかどうかは知らないが、いても不思議じゃない空気感が見事にある)
次に、犯罪をめぐり二人の価値観の相違がとても面白い「物乞い 窃盗常習犯 女詐欺師」
(二流の監督なら、犯罪を巡る道徳的なところを描きたいところだが、
ロメールには気持ちがいいほどそれがない。
そして、ラストは家賃が払えないレネットの絵を巡って
画廊を舞台に二人が共犯して駆け引きをする「絵の売買」(言葉を話す側とゼスチャーだけで見せてしまう術。
あたかもサイレントムービーのようなにくい演出)。

それぞれを単独の小品として見ることは可能だが、
全体を通して、そのエピソードはひとまず完結する。
すなわち、価値観の違う女の子の友情の物語、
と言っていいのだろう。
それら四つの小噺が、あたかも落語のよう軽やかさで綴られる。
どれもが実に楽しいお話だ。

これをもう30年近く前に、
劇場で観た記憶があるものの
内容はほぼ忘却していたのだが、
その空気感だけは昨日のことのようによく覚えていて、
実に懐かしい気分がした。
自分が人生で最もフランスという国に
親近感を覚えていた時期であったことも
この映画への偏愛ぶりが関連しているに違いない。
スクリーンに映し出されるフランスの空気、景観に
記憶を揺さぶられながら、
田舎娘レネットと都会的なミラベルとが繰り広げる
かけあいのドキュメンタリーのような
軽妙なるロメールの巧みな演出に、
グイグイと引っ張られるように酔いしれた。

何でも、レネット役の女の子ジョエル・ミケルの実話を
元にしたストーリーということもあり、
まさに何でもない日常的な出来事が
ロメールマジックの魔法に繰られた青春の日は
自分が体験したフランス
パリ、滞在した田舎町をところどころ思い出させてくれる。
歳を重ねてみて、新たなる幸福感を
今また噛みしめながら鑑賞できるとは。

それにしても、レネットはよく喋り、よく笑い、よく泣く。
ファッションセンスなんかを見ていても
ちょっと笑えるんだけれど、
実に感情豊かな田舎娘で、映画に出てくる絵も
実際の彼女が描いたものらしく、
ちょっとシュールな感性が自分にはとてもヒットした。
その反面、頑固で融通が利かず、
いわば純粋かつ不器用な感じはまさに、
若き日々の自分に重なるところがかぶったり。
クールなミネベルとの間の考え方の違いが
映画そのものの骨子として表現されており、
実に面白かった。

今はどうかは知らないが
少なくとも日本人とフランス人の決定的相違は
会話、というか議論というか、
この哲学的論争が日常に根付いている
というところで、そうした空気がロメール映画の醍醐味そのものである。
日本ではまず、この手の映画は見られないのも
そうした文化的背景があるのだろう。

また、この作品には、ロメール映画の常連、
マリー・リヴィエールとファブリス・ルキーニが
それぞれ脇役で出演し、エピソードに彩りを添えているのも嬉しかった。
流石の存在感である。
兎にも角にも、自分の青春が
宝石のように詰まった、まさに瑞々しい気分が
時間を超えて蘇る大好きな映画なのだ。

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