フィリップ・ハルスマンをめぐって 

Dali Atomicus Dali Philippe Halsman’ın 1948
Dali Atomicus Dali Philippe Halsman’ın 1948

重力にあらがういちびりたちの美学

ラトビアのリガ生まれのアメリカ人
マグナムフォトの写真家フィリップ・ハルスマンといえば
何と言ってもダリとのコラボレーション「ダリアトミクス」が有名だ。

とりわけこの一枚「ダリと猫と椅子」なら
ご存知の方も多いのではないだろうか?
猫たちにはちょっとお気の毒であったろうが
ジャンプしているダリがなんとも素敵だ。
熱い男である。
ハルスマンの写真を眺めていると
なんでも、誰でもジャンプさせることに
最大の労力を注いだのではないかと思わせる。

「ジャンプする瞬間、人はジャンプに集中するので、
その人を覆っている仮面が剥がれ落ちる」
それがコンセプトであるらしい。

それは実に楽しく、見るものを幸せにする。
見事なダイナミズムに幸福へのベクトルを携えている。
あのマリリン・モンローでさえ健康的でいかにも楽しげに
重力に抗うことに嬉々としているではないか。

文字通り『JUMP BOOK』に立ち並んだ写真は
俳優、アーティスト、小説家、政治家に到るまで
どの人物も皆、生き生きと宙に浮んでおり
そのエネルギーを発散させながらも
かろうじて静止しているかに見える写真は
本当は真面目なのに、どこかふざけた感じを
無理くりに狙っているところがなんともいい。
まさに“いちびり的写真家”に乾杯である。

この他にもダリとのシリーズで
『Dali’s Moustache』というヒゲをクローズアップしたシリーズも面白い。
ダリといえばなんといってもあのヒゲがトレードマーク。
二人してまるで子供のように遊びを楽しんでいるのだ。

ハルスマンとの共作を見る限り
ダリという人間は、実にユーモアのわかる男だと思えるし
この二人の関係性の実態がもっとよく知りたくなってくる。
二人の間でこんな会話が繰り広げられたという。

ダリ:我は写真とはいかにあるべきものかを心得ておる。
我々はアヒルめをひっ捕まえ、その尻にダイナマイトをぶち込むぞよ。爆発した瞬間に、我が飛び上がるところをばおさめればよろしい。
ハルスマン:ここはアメリカですぞ。アヒルを爆発などさせでもしたら、我々はブダ箱行きになっちまいますぜ。
ダリ:ごもっともじゃな。では、猫でも連れてきて水と一緒にぶちまけてやるとしようではないか。
(ロピュ訳)
18 Old-Timey Photos You Won’t Believe Aren’t Photoshoppedより

とまあ、このようなやりとりがあった後
かくして実に26回ものテークを重ね、
無事一枚の写真作品ができあがったのである。
シュルレアリスムというよりは
行為としてのまさに“スルリアリズム”である。
それが「ダリと猫と椅子」である。
ちなみにダリは猫が嫌いだったらしい。
それがいわば動物虐待には行き着かず
ユーモアとアートで解決してしまうあたりに
ダリのダリたる大物ぶりを感じる。

それにしても、ダリのサービス精神と
プロフェッショナリズムに改めて驚かされるのだが
写真のなかにもある絵画作品「レダ・アトミカ」では
これまた最愛の妻で、モデルのガラが
微妙に浮遊しているのが面白い。

この絵のモチーフ自体が、
ギリシャ神話「レダと白鳥」にインスパイアされており
全能の神ゼウスが白鳥になって
絶世の美女としてのレダに近づいたという
絵画の古典的題材として扱われ、
それをまた、力技で持って
写真のなかに同時性として持ち込んだダリの発想力に
ただただ感服いたすのである。

イタリアのファッションデザイナー
エルザ・スキャパレッリと組んだ
ダリとファッション業界との関わりや
“ダリの愛人”と称されるガラ公認のアマンダ・リア嬢との関係性も
これはこれでまた非常に面白く、
それらはまたいずれじっくり書いてみたい。
やはりダリという男は絵になるのである。

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