耳で考え、目で理解する老舗レーベルの底知れぬ魅力(前編)

Manfred Eichers

グローバル・デジタル・ライセンスの関係で、
ECMレコードの膨大かつ豊穣なディスコグラフィーのすべてが
ストリーミングで聞けるという事態になって
日々、新たな発見に心躍らせている。

なんということだ。
これで一生聴く音楽に困らないじゃないの。
いやあ、良い時代だな。
これは音楽ファンには嬉しい事態、いや事件といっていい。
なんてつぶやいて、そのジャケットをカタログ的にみていたのだけど
あまりにも素敵で喚起力のあるビジュアルの前に
聴く前からすでに胸一杯になってしまうのだった。

昔聴いていた、所有レコードも結構あるにはあるのだが
もう何十年もしまい込んだままになっていて
それを気軽に取り出して聴くという喜びは
何ものにも変えがたいものとして今、再燃している。

ブルーノートがモダンジャス、あるいは
良きアメリカ文化を体現しているとすれば
マンフレッド・アイヒャーが設立したECMレーベルというのは
何ものにも似ない格式の高いヨーロピアンテーストであり
洗練された美意識に通じた音をを配信するイメージがある。
とりわけNEWシリーズなどはクラッシックや現代音楽を意識した
ポストジャズのカラーを前面に押し出している。

“静寂の次に美しい音楽”という触れ込みが物語るように
一音一音の音の響き、連なりがとても美しい。
古いモダンジャズも素晴らしいが
このECMニューシリーズもそれ以上にまた素晴らしいのだ。

そして当然ジャケットに対するこだわりもつよく
バーバラ・ヴォイルシュやディーター・レーム
2代目サッシャ・クレイスによるデザインワークが
これまたどれをとってみても素晴らしい。
どちらといえば、最近は現代性をおびた風景写真がメインに使われているが
音との矛盾が全くないことに素直に驚きを禁じ得ない。

ブルーノートが人間臭い体臭を感じさせるのとは真逆に
ナチュラル回帰、思想的な一面がジャケットデザインからも漂っている。
これまた膨大な数のアーティストが門を潜り
名盤目白押しなので、セレクトするのは非常に困難な作業だが
あえて、そこはアメリカンジャズ同様
こちらの感性に応じて直感的に取り上げてみよう。

ジャケ買いセレクション(ECMジャズシリーズ)其の壱

Return To Forever:Chick Corea

あえて奇をてらう必要性など全くなく
このジャケットは普通に美しいと思う。
もちろん、中身も最高なんですけれど
ジャケットデザインの観点で言えばケチのつけようがないほど
完璧な気がしますね。

The Colours of Chloë: Eberhard Weber

これまたちょっとECMらしくはないジャケットに映るかもしれなけれど
レーベルの重要アーティストであったエバーハルト・ウエーバーのソロで
ジャケットの絵は奥さんのマヤウエーバーが手がけている。
とてもウォームハートなイメージがする好きなアルバムです。

Special Edition:Jack Dejohnette

BLUE NOTEやアメリカのジャズレーベルにはないフィーリングのタイポグラフィ。
ECMの音そのものとの差異を端的に示しているデザインだと思う。
ディジョネットの激しいリズムの情動をうまく抑制しながら
ECMカラーに落とし込んだ音の印象を見事に表現している。

80/81:Pat Metheny

こちらは手描きのタイポグラフィー。
こういうのも案外渋いなあと思いますね。
ECMの懐の広さですね。
もともとウォーターカラーを想起させる音を聴かせる
パットのアルバムに相応しい秀逸なデザインワークだと思う。

Natural Causes:Steve Tibbetts

ルビンの壺のように顔にみえなくもない崖にはさまった景観が広がる
トリックアートのような世界観をかいまみる。
スティーブ・ティベッツという人のことはあまり知らないし
情報もないが無国籍なイメージだけは伝わってくるし
実際中身もまさに聞いたことのない無国籍な音空間という感じだ。

Duets:Carla Bley & Steve Swallow

傘下レーベルWATTから、ピアニストカーラ・ブレイと
ベーシストスティーブ・スワローのデュエットアルバム。
恋人同志を想起させるジャケットイメージ。
カーラのリーダーアルバムには
いつも当人の写真が使われているのだが
こちらはデュオとしてのハーモニーを
そのまま体現した素敵なジャケットである。

Timeless :John Abercrombie

ECMジャケットには珍しいグラフィカルなデザイン。
初期の頃にはよくみられたが
それでもやはりヨーロッパテイストにはかわりなく
めまいのする心理的な音楽に合致している。

JASMINE:KEITH JARRETT & CHARLIE HADEN

キース・ジャレットとチャーリー・ヘイデン、
どちらも好きな巨匠ミュージシャンだが、
元はキースの“アメリカン・カルテット”のメンバー。
ピアノとベースこの2人で奏でるインタープレイによる素晴らしきラブソング集。
音楽の豊穣さに反して、四角形二つ、線の重なりによるこのシンプルなデザインワークにECMの奥深さを感じる。

Bach: Das Wohltemperierte Clavier

この抽象性。
ただならぬエレガンス。
これまたニューシリーズ。
しかもバッハの4枚組というと
ただでさえ身構えるものだけれど
ここは身を委ねる、と言った方がいいのだろうか。
クラッシックをECM経由で聞くという贅沢さを
味わうための窓口のような一枚。

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