フィルムのワルあがき・序
はじめてリュミエール兄弟の“動く画面”をみて、すなわちスクリーンの汽車を前に逃げまどった人々は圧倒的にただしかったとのだと、今なら堂々そう言える。というのも、だれもが作りごとには思えない映画というものがあるし、われわれは...
はじめてリュミエール兄弟の“動く画面”をみて、すなわちスクリーンの汽車を前に逃げまどった人々は圧倒的にただしかったとのだと、今なら堂々そう言える。というのも、だれもが作りごとには思えない映画というものがあるし、われわれは...
人であれ、ペットであれ、物であれ、ひとはなぜゆえにあれほどまでにその対象を偏愛してしまうのだろう? 通常の眼差しをわけもなく凌駕し、その対象へとのめり込むことの情熱。対象を語るということで滲み出してしまう偏愛への序章は、そのまま主体側の個としての資質、いわば重要な側面をすでに表出させているように思える。