秋とともに、ミュージック実行委員会  MIDNIGHT編

真夜中の重力紀行はいかが?

しんと静まり返った深夜。
騒ぐ阿呆はほっておいて、大人は静かに闇に身を寄せる。
夜の冷気と深夜の寂翏の交差を横目で見届けながら、
情緒に甘えることなく、誰にも知られず理性と詩情で心か微かに震わせる。
そこから眠りに落ちるまでの時間を粋に過ごす。
が、何をどうやって、誰と過ごすか、そんな野暮はこの際忘れて、
そのしじまの住人となって、夜に浸ろう。

あれはいつの頃か、十一時になるとFMラジオに
「クロスオーバーイレブン」なる音楽プログラムがあって、
僕はその番組をカセットプレイヤーのラジオでもって、
カセットテープに録音がてら、聞きいっていたっけな。
懐かしい。
特に津嘉山正種さんによるナレーションが好きで、
曲の間にその渋い朗読にはまっていた・・・
考えてみれば、朗読というのは十分音楽的要素があり、
静まり返った深夜の朗読劇は今聴いても新鮮な響きがする。
まさに大人への憧れに胸を高鳴らせていた多感な年頃、
そこに大人の音楽がかぶさってきて随分触発され、
耳はさらに洗練されていった。
番組では、自分が当時聴かなかった、ジャズ、フュージョン、R&Bなどの
渋い選曲が多かった気がするな。
その番組でbrandXやスティーリー・ダンなんかを知ったのだった。

「町も深い眠りに入り、今日もまた1日が終わろうとしています。
昼の明かりも闇に消え、
夜の息遣いだけが聞こえてくるようです。
それぞれの思いを乗せて通り過ぎていくこのひと時…。
今日1日のエピローグ、クロスオーバーイレブン」

そんなことで、僕はここに「クロスオーバーイレブン」のような感性で、
自分だったら深夜にどういう音をかけるだろうか、
そんな思いで選曲してみることにしよう。
テーマは打ち震える大人への畏怖を鎮めるための、私的で詩的な10曲。

真夜中にひっそりと編む10曲の調べ 「真夜中のアルゴリズム」

Carlos d’Alessio – India Song (Piano Version)

まずはこのピアノ局の佇まいで、深夜を迎えることとする。文学を文字で追うのではなく、心にある文学を紐解く嗜みとしての夜。ページをめくるように流れゆく夜に身を浸しながら聞く、今宵のひととき。カルロス・ダレッシオがスコアを書いた『インディアソング』のサントラ版。なんと優美な官能であることか。世間知らずのぼくが、最初に大人びた瞬間の目覚めがここにある。

矢野顕子 – 一分間

坂本龍一が鬼才だとしたら、矢野顕子は天才か。モーリス・ラヴェルの調べのように、彼女のしなやかな指をもって繰り出される嫋々の旋律。スティーブ・ガットの強靭なビート。藤富保男の詩が彼女の旋律で舞うかのように、夜の詩情をいっそうかきたてる。そこに非常に美味なる「一分間」を味わうことになる。ああ、時は酩酊なり。

Lou Reed – Caroline Says II

ある時期、このアルバムばかりを好んで聴いていた時期がある。自称神経症だったぼく。重く気だるいルー・リードの名盤『ベルリン』にはまると、抜け出せないばかりか、帰って来れない痛みを伴う。さりとて、その毒を自然治癒にまかせる夜は傷口の血を舐めるように甘美だ。どこまでも沈むがいい。たとえ世の中が真っ暗になっても、わずかばかりの光はけして失われることがないのだから。〜says。彼女は言ったシリーズを得意としたルー。ストリーテラールーの真髄を、大人の子守唄代わりにする風変わりな文学好きくずれの大人たちに捧ぐ。

Miles Davis – So What

マイルスのモードがね、なんて語り始めるほどの蘊蓄もない。マイルスのジャズはまるで森のように深く、そして海のように広い。ひたすら、深夜に針を落としたくなる名盤『KIND OF BLUE』から。「それがなに?」といわしめるクール&ビューティ。静けさとエレガンスの極地。それがモードなのか。黒のなかの青、青のなかの沈黙、沈黙のなかの鼓動。これぞモードだ。

David Sylvian – The Heart Knows Better

痛みを抱えたものにとっては夜は脅威を増すばかり。もはや、なすすべがないほどに荒れ果てた地にやってきて、やがて、その痛みに耐えられなくなるかもしれない。時が全てを解決するに任せるか、それとも痛みに向き合うか。心に任せるしかない。シルヴィアンの音はそんな心に向けられた剥き出しの感情を刻印する。

Kahimi Karie – I Come Here

夜に囁くのは、天使か悪魔か。それとも独り言か。カヒミ・カリィのウイスパーボイスはそのどれでもないようだ。その声を頼りに僕はきた。真夜中の錯覚かもしれないこの高み。ここまできたら引き返せないほどに、空高く。繊細な皮膚をそっとなぞる指の一触のように、それは暗闇へといなざう磁力とともに、悩ましげに夜を開いていくしかないのだ。

スガシカオ – 真夜中の貨物列車

ここまでくると、誰にも邪魔されない場所があるというものだ。そう、闇の中をただゆくのです。その夜は何を運んでゆくのか? 誰も知らない。この地上の動きをとめることはできないが、それは遠い彼方へとどこまでも連れてゆく。もう後戻りできない場所で、旅人なら、誰もが知るこの孤独を噛み締める。その誘惑からは逃れられない。スガシカオのセンチメンタリズムに心がじんわり滲む瞬間を、誰にも見られずにいよう。

Arto Lindsay – Dora

ドリーヴァル・カイミによるブラジルのサウダージが、真夜中のニューヨークで新たに再生される。疲れ果てた心身ともに夜に溶けゆく甘美さ。アートの声もエレクトリックピアノの調べも、全てが洗練された都会の夜に満ちてゆく。

Vladimir Cosma – Promenade Sentimentale

僕が記憶するパリのロマンティシズム、そしてセンチメンタリズムが凝縮された真夜中のブルー。夜明けまでの限られた時間の夢物語をご一緒しよう。ウラジミール・コスマの旋律が夜中になる「自動ピアノのように、甘美さを奏でる装置となって現れ、その痛みを覚悟しながらもジュールとディーバの邂逅に酔いしれることになる。そして全てを忘れ、彼らの歩調が鼓動に重ねあわせる真夜中のひととき。

Jaco Pastorius – Portrait of Tracy

眠らない都会、眠れない夜の高鳴りから、いつしか解放される終局の訪れ。眠りは決して諦観ではない。常なのだ。夢はいつもそこで待っていてくれる。今こそ、心を緩めることだ。ジャコのベースのハーモニーが子守唄のように、優しく促す夢の入り口に立って、別れの言葉を宿しながらそっと光を落とそう。おやすみなさい。

SONG LIST

  1. Carlos d’Alessio – India Song (Piano Version)
  2. 矢野顕子 – 一分間
  3. Lou Reed – Caroline Says II
  4. Miles Davis – So What
  5. David Sylvian – The Heart Knows Better
  6. Kahimi Karie – I Come Here
  7. スガシカオ – 真夜中の貨物列車
  8. Arto Lindsay – Dora
  9. Vladimir Cosma – Promenade Sentimentale
  10. Jaco Pastorius – Portrait of Tracy