クロード・ルルーシュ「男と女 人生最良の日々」をめぐって

Les plus belles années d'une vie
Les plus belles années d'une vie 2018 Claude Lelouch

男と女の軌跡の奇跡にダバダバダ、そしてサラヴァ!

クロード・ルルーシュの代表作にて名作『男と女』の
その続編の続編いわば53年(33年)後の二人の再会ドラマである
『男と女 人生最良の日々』について書いてみよう。
いやあ、言葉にならないなあ、と思う。
時が全てを洗い流すというが、
余韻が広がり、それにまたため息が出るほどだ。
これを幸福の現象と言わずしてなんと言うべきか。
演技をこえて、二人の人生が映画空間で重ね合わさった
晩年の男と女の再会劇の感動は、やはり簡単に言葉では言い尽くせないのだ。

ジャン=ルイことジャン=ルイ・トランティニャンと
アンヌことアヌーク・エーメ、
老境の盟友にて名優たる二人が
五十年の年月を経て再び時を分かつ物語・・・
ちなみに副題にある「人生最良の日々」というのは
ヴィクトル・ユーゴーの言葉「最良の日々はこの先の人生に訪れる」からの引用だ。
重みと軽さが同居した、なんとも素敵な響きがする。
年をとるということは、むろん残酷なことでありながらも、
同時に、その時間のながれのなかを生き抜いてきたものだけの特権というか
ご褒美のような、代えがたい豊かなものがにじみ出す。
それは酸いも甘いも超えた何かである。
今、その瞬間だけが「人生最良の日々」として
素直に輝いてみえてくるという思いが
これ以上なく、スクリーンから直接的に伝わってくる。

兎にも角にも美辞麗句など不要である。
そこに二人が居合わせるという事実だけで
映画としての豊かな空気感で潤うのだから、
これがマジックでなくてなんだろうか。
オリジナル版とはまた全然別種の感動を覚えたのであります。

それにしてもなんという奇跡が起きたのだろうか、
こうして映画が作られること、そして二人が在命であること。
トランティニャン90歳 、アヌーク・エーメ86歳
そして監督のルルーシュは83歳。
フランシス・レイを加えたら、それこそ、歳だけ聞くと
関心のないものからすれば、
まるで老人による老人のためのノスタルジー作品だと思われても
仕方がないのかもしれないが、
おのおのがこうして、現場に再会して
今という時間の物語を新たに構築する喜びを
奇跡といわずしてなんといえばいいのか。

そこには、かつての映像がフラッシュバックとして
挿入される贅沢さに思わずこちらも熱くなる。
おまけに、本物の兄弟になり損ねた二人の子供達も、
いまや同じく年をとり立派に成長して、職業を持ち、
親の世話のことまで考えなきゃいけない年頃になっているという現実が
まるで時空を超えたリアルなドキュメントとして
実に自然に描き出されているのも凄い。
そんな映画の奇跡、数々のマジックそのものに
ぐいっと引き寄せられてしまう。

そしてアンヌのシトロエン2CVにのって
ノルマンディ、ドーヴィルの浜辺、板張道
そして、思い出のホテルへと時を遡り
一瞬で行きつ戻りつする瞬間を交えながら
夢と現実の間を行き来する夢の物語が続く。
ミヒャエル・ハネケの『愛、アムール』では
これまた伝説のエマニュエル・リヴァとの間に
同じく晩年の男と女(夫婦)を演じたトランティニャンだが
この『男と女 人生最良の日々』では、
もうこのままいつ遺作になってもおかしくないそんな気配のなかで
かつての恋人アンヌへの忘れられぬ思いを語っている。

髪をかきあげる仕草がかつての恋人に似ていると
記憶を呼び覚ましながらも、
新たに逃避行をけしかける車椅子のドン・ジュアン。
老いたとはいえ、翳りのない美しさを保つアンヌ。
二人は五十年後の二人でありながら、そうではないのだ。
今の二人の男と女として、そこにいるのである。
どこまでが演技で、どこまでがリアルなのか、そんな風に思ってしまうほど
極限の円熟ぶりをかいま見せるトランティニャンには、
俳優としての凄み、渋みを感じるわけだが
実をいえば、このトランティニャンという俳優に対して
さほど注意を払ってこなかった自分がいた。
本作のなかでも本人がいうように、確かに“いい男”であった。
それは最初の『男と女』のときも、
あるいは個人的には最高傑作のひとつ
ベルトルッチの『暗殺の森』のときでさえも
けして否定はしないのだが、
いまひとつ男の魅力というものを見過ごしていた。
けれども、この老境のトランティニャンを見て
それが一変したのをこの目で感じた。

ハネケの作品やこのルルーシュ映画でのトランティニアンをみていると
この俳優の凄さ、オーラをまざまざと体感する。
そこには当然俳優として積み上げたキャリアというものがあるが
その時間の重みとともに、積み上げてきた知性や品性が
トランティニアンを包むある種の崇高さ、輝きとして
言葉で言い尽くせない高みに達しているようにみえる。
こうして、老いや死というものを抱えて、
人間の本質そのものが問われるときに、
自ずと滲み出してくる何かであろう。
そんなことが、若かりし頃のトランティニアンにみてとれなかったのは
自分自身の盲目さである。
改めて一人の俳優の生き様を思い知らされるのである。

これまでのキャリアを振り返っても、
ロメールやトリュフォー、ゴダールといったヌーベルヴァーグの映画を始め
ヌーヴォーロマン作家ロブ=グリエの難解な映画でさえも重宝されており、
その存在は、実に玄人好みの作家たちに支持されてきた稀有な俳優だと言える。
そのトランティニアンがここでは
いみじくも迫りくる老いと死の気配の中で
収容されている老人施設において
おぼろげな記憶の森をさまよいながら
周囲にユーモアや哲学的な間を提供しながら
かつて愛した女である、という明確な思いに依存することなく
ただ思い出に浸ると言うのでもなく、
新たに人生を書き換えて行こうとする愛の意志をのぞかせる姿に心が動く。
永遠の女と永遠の時間を共有し、
そして人生を再び輝きに満ちたものとしながらも、
来るべく時間に身を任せてみせる、
そんな宝石のような演技に乾杯せずにはいられない。

SARAVAH 高橋幸宏

ルルーシュ大好きミュージシャンでもあった高橋幸宏ファーストソロアルバム『SARAVAH』から、ヴォーカルを新録したスペシャルバージョンを聴いている。当然YMOの他のメンバーもサポートしているこのシティーポップの名盤は、実にロマンティックなアルバム。AORな雰囲気もあるけど、幸宏さんはフランスが似合う。「いつかまたお前と会おう」と歌われるのは、まさに『男と女』のエッセンスそのものではないだろうか? 

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