ひとりんぴっく

オリンピック、いよいよ開幕。
本来なら世界中の熱い視線を一身に浴びる場でありながら、無観客。
選手や国民に罪はありませぬ。
イギリスでは、ワクチン接種の普及にともない、
公共での制約は、全面的解除の自己責任。
アメリカでも、オータニフィーバーのさなかをみても
ノーマスクで盛り上がりをみせている。
しかし、ここはニッポン。
緊急事態宣言渦中、いったいどうなることやら。
なんとも不思議な空気につつまれての開幕。
いろんなケチがつき、トラブルが起き、呪われた東京五輪。

そんな想いはひとまず置いて、ここは音楽でオリンピック気分を
ひとり勝手に盛り上がろうという算段であります。
もちろん、順位や優劣など競うつもりなど毛頭なく、
世界中の素敵な音楽を、ただ着の身着のままにセレクトしようというだけのこと。
国を超え、人種を超え、音楽の素晴らしさは
人を束縛することなく、自由に国境を超え、そして分かち合うことのできる
素晴らしいものだということを、改めて心に刻むためでございます。

ちなみに、ぼくがはじめて世界の音楽を意識したのは、
ピーター・ガブリエルが主催していたWOMADのレコードなんかに
感銘をうけていたからだが、そこから、民族音楽やフィールドワークに興味をもちはじめ
いろんな国の音楽を求めて聴くことが増えたものです。
ホルガー・シューカイにならいて、海賊短波ラジオを聴いたり、
小泉文夫の世界の民族音楽というNHKのラジオ番組にかじりついたり、
いったこともない土地の、聴いたこともない言語で歌われる歌に魅了されてきた。

今は、そんな世界中の音楽がPCやスマホで簡単に聴けるいい時代になったものだ。
そもそも国が違えば、思想も言語も異なる中で、
不思議に、音楽だけは、耳を通して
ただ感性にまかせるだけで、理解しあえるのだから、
こんな素敵な言語はないと思う。

そろそろ、人類も、本当に魂と魂の交流を求める時代にかわりつつあるのだから、
その表面的な思考のやりとりや諍いからはなれて
そのなかで、損得を離れ、音楽を通して、
自由に国境を行き来できる人と人との真の交流やあり方をさぐっていこう、
そうおもわずにいられない。

耳をたよりに世界を旅するプレイリスト

すべての人の心に花を :喜納昌吉&チャンプルーズ

まずはニッポン代表、ということで、これをまずとりあげてみたいと思います。歌は喜納昌吉ではなく、前妻の喜納友子さん。日本代表というのは、あくまでも便宜上のことで、あのライクーダーも参加しているし、世界60か国以上でカバーされているというから、テーマソングにふさわしいのは、やっぱりこの曲しかないんじゃない? そう思ったまでです。

Seamonster:The Steve McQueens

続いてはシンガポールから、ネオヴィンテージ・ソウル/ファンク・バンドとして話題のスティーヴ・マックイーンズ。あのアメリカの俳優から名前をいただいているのはいうまでもありませんが、曲はいたって洗練されていて、世界中のフェスにも参加してぐんぐん知名度もあがっているバンド。大人と子供が道教したような、ブスカワなヴォーカルのジニー・ブループの不思議な魅力がたまりません。

 Paraguaya :Juana Molina

今度はアルゼンチンに飛んで、ファナ・モリーナ。アルゼンチン音響派といわれ、気がつけば20年選手で、アルバムもすでに8枚もリリースしているベテランの域。この『Halo』からの一曲「 Paraguaya」はどこかオカルト的、ホラームービーテイストの秀逸なPVが、なかなか面白くますます目が離せないアーティストであることは間違いないでしょう。

Nothing Without You :Nusrat Fateh Ali Khan

次はパキスタンから、伝説のヌスラト・ファテー・アリー・ハーン。残念ながら、すでに他界されてはいますが、その偉大さは残された音源からも十二分に伝わってきます。幸い、ピーター・ガブリエルのリアルワールドレーベルに属して、西洋人アーティストたちとの交流によって、むしろ、ワールドワイドな人気と知名度を誇っています。なんといってもその圧倒的な歌唱力。過去600年の伝統を継承するというカッワーリーとよばれる伝統唱法で、ヌスラトが残したアルバム数は100を優に越えるのだとか。で、これはリアルワールドからリリースした『Mustt Mustt』からの一曲。プロデュースはカナダ人のマイケル・ブルック。

La Sitiera Omara Portuondo

ブエナビスタ・ソシアル・クラブで、その存在感を示したキューバの至宝オマーラ・ポルトゥオンド。別名キューバの「エディット・ピアフ」。1930年生まれというからびっくり。年齢は関係ないとはいえ、やはり背負ってきた時間の重みが違いますね。いまだ健在の歌姫の、そのなんと優雅で、なんと気高い歌を聞いているとうっとりいたします。

Nànnuflày:Tinariwen

今度はアフリカに飛んで、マリからティナリウエン。マリといってもトゥアレグ族出身の彼らは遊牧民だから、実質国をもたないわけで、北アフリカ砂漠一帯を放浪する流浪の民である。その名も砂漠のブルースと呼ばれる音楽でもって、人々を魅了する。その力、影響力はすでに証明済みだ。通算8枚目となる『Elwan』からの幻想的な一曲。クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジカート・ヴァイルやマーク・ラネガンら米国オルタナ系のミュージシャンも加わり、ティナリウエンサウンドさらに深みを増している。

New Afro Spanish Generation:Buika

スペインマジョルカ島出身の黒人フラメンコシンガー、コンチャ・ブイカ。アフロ・フラメンコ歌手としてのアイデンティとともに、同時にジャズ、ソウル、ヒップホップ、キューバ、アフリカなど、柔軟に異文化を取り込みながら、唯一無二な自分の世界観を発してゆく。まさに、新世代のアフロ・フラメンコ歌手がブイカである。ソロ・デビュー作『Buika』からの一曲「New Afro Spanish Generation」には、そんな彼女のルーツが凝縮された深い思いが託されている。

Markos and Markos:Tigran Hamasyan

アルメニアから、現代ジャズシーンで注目をあびているティグラン・ハマシアン。元はモンク国際ジャズコンテストで優勝するぐらい、ジャズに基盤をおいた卓越した技術、感性をもつピアニストだが、クラシック・現代音楽からロック、民族音楽に至るまで、多様性をもった幅広いジャンルの融合がなされた複雑な音楽性を持ちあわっせている。アルメニアという東洋と西洋に挟まれた濃く深い文化圏で育まれた叡智を深く吸収しながら、パラジャーノフの映画のように、詩や映像からもインスピレーションを受けながら、その感性を反映した活動を続けている。

Uspávanka:Iva Bittová

次は東欧へ飛んで、チェコのロマバイオリニスト、イヴァ・ビトヴァ。最初にイヴァ・ビトヴァを知ったのはフレッド・フリスの『ステップ・アクロス・ザ・ボーダー』だった。そこではミュージシャンというか、パフォーマーというか、そのスタイルのインパクトだけで、名を刻むに十分だったが、のちに彼女が女優志望でそんな活動もしていたことを知って納得した。彼女のスタイルはそうした演劇的なアバンギャルド性と東欧のフォークミュージックをミクスチャした表現としての歌でもあるのだ。ウラジミール・ヴァーツラヴェクとの共作『Bílé inferno』から一曲。子守唄という意味の「Uspávanka」をきいていると、そんな風に思えてくる。

BIKO:Peter Gabriel

最後はイギリスから。この企画からは絶対に外せない人、その名もピーター・ガブリエル御大を特別枠で。今更説明不要のビッグアーティストであるが、WOMADフェスを主催し、ワールドミュージックの普及に大いに貢献してきたという意味で、切っても切れない人である。この「BIKO」は南アフリカ共和国の民族運動家、スティーヴ・ビコのことを歌った曲で、ガブリエルの代表作でもあり、ひとまず、ラストを飾っていただきましょう。

改めて、世界中の音楽をかじり聴きしていると、
その底なしの音楽の魅力からどうにも離れなくなってきてしまう。
10曲やそこらで、世界を語り、しきるのはおこがましい。
実際、どんどん深掘りしたくなってくるのだから、嬉しい悲鳴である。
まあ、それはそれで楽しいが、きりがない。
かくも、素晴らしいことが世界中で起こっている。
同時に、これまで培ってきた、膨大なアーカイブにも目を向けると
新たな発見がある。
こうしてみると、今、世界で起きている民族間同士のいざこざや、
資本主義社会の迷走ぶり、さまざま問題も見えてくる。
つまりは、音楽のみならず、文化というのは社会の鑑でもあるのだ。

いま、つまらない論争で時間を費やすよりも、
一曲でも、一枚でも良質な世界の音楽を
自由に聴く時間を大事にしたいと思う。
日本という狭い国の、偏狭な教育にさらされている子供たちが
こうした素晴らしい世界に出会うきっかけになれば、
もっと人類は豊かなものになるはずだ。

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