レオノール・フィニをめぐって

Leonoir Fini 1907-1996"
Leonoir Fini 1907-1996"

クスリともしないスフィンクスの微笑は猫族ゆえの

レオノール・フィニと言う画家がいる。
エロティックでありながら甘美で幻想的ゆえに
ややもすればシュルレアリストのレッテルを貼られがちではあるが
当人はそれを快く甘んじていなかった。
あらゆる因習に抗いながら、男性に服従することを阻み
性に対しても男遍歴においても
自由奔放に生きたフェニミストの顔をもつ女。

因習を嫌ってはいたが
社交的かつ好奇心旺盛な感性は
シュルレアリストたちと盛んに交流を持ち
多大なる影響を受けていたにも関わらず
独自の表現へとたどり着いたフィニは
ブルトンをはじめ、エルンストやダリといった
シュルレアリストたちがこぞって崇拝した
ミューズ幻想に搾取されることはなく
独立した強さがあったように思われる。
多感な年頃である10代において
3つの学校で退学処分になっているほどの
“札付き”である彼女が
巻き込まれるはずもなかった。

こうしたフィニの絵を見ていると、どことなく、
金子國義氏の原形のような感じがする。
エレガントでバロックな香り、古典への憧憬。
がしかし金子氏の絵にはないが
フィ二の絵にはある何かにとても惹かれる。
それがいったいなんなのか?
気がつけばその迷宮の中に誘われてしまう。

独学で絵を学んだフィニは、
ロマン派、ラファエル前派、フランドルの巨匠、
イタリアのマニエリスム、象徴主義に至るまで
それらの絵画から影響を受けつつも
時に夢の具現化を推し量りながら
独自のシュルレアリスティック絵画を創作し続けた。

「スフィンクスの画家」という異名をもつように
彼女にはアンドロギュヌス嗜好が垣間見られ、
この獅子と人間の神聖なる共存であるアイコンに
自らを重ね合わせ、その両性具有的な絵画で
自己顕示欲を誇示しながらも、
けしてナルシズムに陶酔するような
そんな画家ではなかった。
その創造の源は、常に彼女の無意識下に潜んでおり
また小さい頃からの変装願望や仮面への偏愛を持っていた。
自ら仮面を制作し、それをつけた写真も数多く残されている。
仮面は人間の二重性を開放する神聖なる道具であり
澁澤龍彦氏の言葉を借りるなら、
フィニは「古代の女司祭の生まれ変わり」ということになろうか。

古代の原始社会におけるように、能動的な女性を中心にした、一つの祭儀の雰囲気がそこに濃密に流れているのを見るからである。この女流画家の作品には、その根底に、人類の揺籃期の最初の信仰と結びついた、芸術の魔術的な性格があるように思われるからである。

『幻想の画廊から』澁澤龍彦より

レメディオス・バロ、レオノーラ・カリントン、そしてフィニ。
名目上、三大女シュルレアリスト画家と呼んでおくが、
彼女たちとも友好的な関係を結んでいた。
共通してなにやら、神話的、寓話的で、
ダークなファンタジーに満ちている。
それでいて、女性固有の直感に導かれた
なんとも力強い空気がある。
それらはシュルレアリストたちの感性を
大いに刺激し狂喜させはしたが
フィニは特定の人物と長く関係性を持ったわけではない。
その遍歴はいたって奔放だ。
一時、恋人であったマンディアルグは
『レオノール・フィニーの仮面』のなかで
「人間的なものが猫めいたものとすこぶる緊密な結びつきのかたちで混じり合う美わしき怪物」
と書いているが、
それをみれば、フィニ自身が生涯にわたって
愛を注いだ猫そのものの資質なのだと思うかも知れない。

フィニには『夢先案内猫』という小説を書くほど
猫というものに心酔していた。
人間以上のパートナーだった。
なにしろ、この猫好きの画家は、コルシカ島の修道院跡に
17匹の猫族と暮らしていたほどの猫族である。
多いときには23匹もいたと言うから筋金入りだ。
また、フィニはシェークスピアからサド、
ポーリーヌ・レアージュなど
多くの本に挿絵を提供する無類の文学好きだった。
中でもボードレールを特別視していた。
そんなボードレールの「悪の華」の装幀も手掛けているが
この詩人もまた、無類の猫好きであったのは偶然でないだろう。

熱烈な恋人も、眉の厳しい大学者も、
分別すぎた歳ともなれば、優しく猫族を愛する。
わが家の誇りというべき肥ってやさしい猫族を、
彼等と等しく寒がりで引っ込み思案の猫族を

「猫族」シャルル・ボードレール

そんなフィニは冒頭にも書いたように、シュルレアリストたちとの交流を始め
パリ・オペラ座「Le Palais de Cristal」などの舞台装置や小道具
あるいはアクセサリーや服のデザインまでも手掛けており
ローマ生まれのデザイナー、エルザ・スキャパレッリの
香水「ショッキング」は彼女の代表作になった。
また、DIORのマリア・グラツィア・キウリは
フィニから着想をえたオートクチュールコレクションを発表したりと
フィニのクリエティブな発想が現代においても
多くのアーティストの源泉として多大な影響を与え続けていることを証明している。

そんな奔放でラディカルなフェミニズムとも言える思想は
彼女の作品にも色濃く反映されているが、
男たちに媚びるようなスタイルは微塵もない。
そうしたイズムをリスペクトしたかのようなあのマドンナのPVがある。

フィニの一枚の絵画「世界の終わり」にインスパイアされた
このマドンナの「Bedtime Story」のPVでは
その他レメディス・ヴァロや女性シュルレアリスム絵画の影響を強く受けながら
性の解放というよりは無意識や深層心理の解放というテーマが
強烈なイメージを伴って表現されている。
これを当人が見たのか見なかったのかは定かでは無いが、
さぞ、ご満悦だったのでは、と想像する。
まさに、現代版フィニの世界観を見事に表現している格好のサンプルだと思う。

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