生き急ぎの天使
伝説と呼ばれしものは、永遠に燃え上がるために、この世を早く去る。
そんな格言めいたことばを、ふと呟きたくなるひとりの女優がいる。
彼女の名前はフランソワーズ・ドルレアック。
いうまでもなく、妹は歳は一つ違い、
フランス映画界の大女優カトリーヌ・ドヌーブ、その姉として名が刻まれている。
世間広しといえ、ぼくにとって、美しい姉妹といえば
映画史のなかで、この二人以上に比較しうる存在がいない。
さらにいえば、ぼくは圧倒的なまでに姉ドルレアック派なのである。
わずか25年の人生でありながら、彼女はフランス映画界の空に
一閃の炎のように現れ、その軌跡を深く焼き付けて消えた存在である。
その女優としての生の短さが、その演技と存在を
いっそう鮮烈にしたのはいうまでもないが、
実際、彼女が映画に刻んだのは、ただの美しさでも可憐さでもない、
自己を賭ける激しさと、他者を惹きつけずにはいられないと同時に、
その繊細な魂の震えだったに違いない。
まるで破れた障子がパタパタ音をたて、風を通すように、
映画史に刻まれた彼女の名前は、その不在の前に
今なお、静かに永遠にはためいて存在の音を響かせている。
フランス国立演劇学校でクラシックを学んだドルレアックは、
モリエールやラシーヌへの敬愛をもって、早くから舞台を志していた。
身体を通じて言葉を鳴らすこと、呼吸と声と沈黙を支配すること、
そうした生で演じることへの渇望は、映画デビュー以降も終始彼女の核にあった。
映画では“美しい娘”として見られることへの違和感を抱きつつも、
彼女はスクリーンを舞台として生きる方法を絶えず探っていたのだ。
だからこそ、残された彼女の演技、作品には、
舞台女優的な熱量と運動性、間の美学が絶えず息づいていた。
『柔らかい肌』に出演したドルレアックの魅力を
「海藻のように、あるいはグレイハウンド犬にような、現実離れしたきゃしゃな体格に似つかわしくないほどの芯の強さ、ときには頑固さをもった個性的な人」
のちにトリュフォーはそう評している。
ディオールのモデルにも抜擢されたぐらいだから、その立ち姿は
ある意味、カトリーヌよりも完璧さを誇っていた。
そして、歳をとった自分を常に想定し、
10代のころから毎日冷水のシャワーを浴びるような、
そんな妥協を許さないモラリストだったとも書いている。
『シェルブールの雨傘』で先に世界的スターの座についた妹カトリーヌを横目に
彼女の野望は、たくさんの映画に出て、
いろんな役を演じてみたいという思いであり、
どこか生き急いでいるかのような印象を与えるような、
そんな女優像が彼女を支配していた。
そのフランソワ・トリュフォーとの『柔らかい肌』では、
ドルレアックはニコル・ショメットという、誠実で繊細で、
しかし男の愛に翻弄されるひとりのスチュワーデスを演じた。
ジャン・ドサイ演じる既婚男性ピエールとの不倫関係。
彼女は怒鳴らず、責めず、それでも愛の真実に向かって壊れていく。
この演技は、どこか、彼女の内面をなぞるような役だったといえる。
演じることが、もはや“自己を晒すこと”だったのだろうか?
彼女の沈黙や微笑は、痛みを伴うまなざしとして観客の胸に突き刺さる。
もしこの映画が、ピエールではなくニコルの悲劇として幕を閉じていたら、
きっとトリュフォーのなかでもっとも痛切な映画として残ったに違いないのだ。
そして何よりもこのニコル像こそが、のちに夭折する彼女自身の魂を
最も深く予見していた作品といえるかもしれない。
だが、ドルレアックの軽やかさと知性は、それだけでは収まりきらず、
フィリップ・ド・ブロカ作品で真価を発揮することになる。
『リオの男』でジャン=ポール・ベルモンドと共演した冒険活劇で、
彼女は“知的でチャーミングで、予測不可能な女性像”を体現してみせた。
アクロバチックにジャンプし、怒鳴り、笑い、転ぶアニエスには、
妹カトリーヌにはない奔放さ、
感情を自由に解き放つ彼女の肉体は、喜劇のフレームを常に先回りし
真の野生味がそなわっていることを証明した。
ベルモンドと並走する彼女は、物語を前に進めるエンジンであり、
同時に「止まったら終わる」存在として描かれている。
それはただの喜劇的ヒロインではなく、
ここには“生き急ぐ魂”の表れとして赤裸々に刻印されているのだ。
続くロマン・ポランスキーの『袋小路』では、
古城に閉じ込められた男たちをかき乱すテレサという名の女を演じたが、
これまた奔放で挑発的、笑いは軽く、ふるまいは無邪気。
だがその無邪気さが、男たちの自意識を崩壊へと導いていく、
そんな彼女の魅力が全開の映画になっている。
「壊される側」から「壊す側」へと反転、
ここでの彼女は、破壊者であると同時にいたずなら天使であり、
まるで現代のサロメのような毒をも孕んでいた。
『柔らかい肌』のニコルが“壊される存在”なら、
テレサは“壊す者”といったところか?。
だがそのどちらにも、ドルレアックの「不安定さ」、あるいは「加速し続ける魂」が
隠しどころなく、刻まれていたのはいうまでもない。
そんなドルレアックが、ようやくドヌーヴとの姉妹共演となったのが
音楽と色彩とダンスに彩られたソランジュとデルフィーヌの双子姉妹がみせる
ジャック・ドゥミによるミュージカル『ロシュフォールの恋人たち』の宴。
映画としてはフランス映画史のなかで
最も幸福な色彩をまとったミュージカルの一つであるが、
残酷にも、観る者にとっては別れの舞台になってしまった。
撮影から3ヵ月後、ドルレアックはレンタカーで空港に向かう途中、事故死する。
炎に包まれた車から彼女は脱出できなかったのだ。
まるで、最後まで火の中を駆け抜けたかのような劇的な死。
フランソワーズ・ドルレアックとカトリーヌ・ドヌーヴという
この姉妹の時間軸に引き寄せて眺めるとき、
この映画は祝祭的であると同時に、決定的な分岐点として立ち現れた共演だった。
重要なのは、二人が「姉」と「妹」としてではなく、
完全に対等な存在として並び立ったという事実だ。
だからこそ、妹ドヌーヴはその死について長く語らなかった。
語れなかったと言った方が正しいのだろう。
ただ一度だけ「彼女の死は、私の人生最大の傷だった」そう述べたことがある。
その意味をだれも深読みすることはできないだろう。
そして、沈黙のうちに姉を胸に抱き続け、自身は大女優の階段を登ってゆく。
姉は彫像のように凍らず、静かに伝説だけを刻んで、
映画の中で炎にように揺らめき続ける存在であり続けた。
彼女の魂は、けして燃え尽きた彫像にはならなかったが、
代わりに、風のように去ったその事実だけが
しっかりと映画史を一人歩いてゆくことになる。
こうして、フランソワーズ・ドルレアックという伝説は
いつまでもぼくらファンの記憶のなかで、視線を浴び、語りつがれている。
そのわずか7年という短い歳月のなかで
生の速度を変えながら、少しずつ死のかたちを更新していった軌跡は
今なお一瞬の熱となって燃え続けているのだ。
Michel Legrand – Chanson des jumelles (From “Les demoiselles de Rochefort”)
フランソワーズ・ドルレアックファンとしては、彼女をいつまでも悲劇的な女優というくくりに置いておきたくはない。彼女に贈るのはやはり、この曲しかない。『ロシュフォールの恋人たち』から「双子の歌」だ。渋谷系と呼ばれるおしゃれなムーブメントに受け継がれるこのムード。華やか風に乗って、彼女は永遠を生きるのだ。












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