『歌川国芳展 ―奇才絵師の魔力』のあとに

相馬の古内裏 歌川国芳
相馬の古内裏 歌川国芳

絵良し、色良し、ユーモア良し、これぞ国芳国宝級

今、ちまたで浮世絵にスポットライト、との声が聞こえてくる。
大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」の影響があるとかないとか。
多少世代差もあるだろうが、
ある程度、一般教養としてなら、
まず北斎の名を知らぬ日本人などそういないだろうし、
そうなると、『東海道五十三次』の広重あたりだって含むはずである。
確かに河鍋暁斎や月岡芳年あたりになるとマ二アックなのはわかる。
国宝酒井抱一や尾形光琳などは少し渋すぎるとしても
昨今では、若冲人気は高く知れ渡っており、
なら、その師匠格の歌川国芳あたりはどうか?
国芳といえば、斬新、奇想天外、豊かな画風のバリエーション、
そういったイメージが浮かぶが、なんといっても動物の擬人化、
とりわけ猫好き、といえば国芳、国芳といえば大の猫好きとして知られ
今見ても、その着想に思わずニンマリとするポップな浮世絵師だ。
まさに、感性を刺激する現代感覚をもった絵師国芳を
未だ知らぬなら、是非一度その眼で確かめて欲しいところだ。

浮世絵師とはいうものの、
現代でいうデザイナー、イラストレーター的な側面も兼ね備え
なんともモダンな絵を多数残している鬼才である。
もともとは染物屋の家に生まれたこともあって、
小さい頃から、着物の柄などを見慣れていた環境もあるのだろう。
よくよく見れば、人物の着物柄ひとつとっても創意工夫が見られる。
そんな国芳の400点ほどの絵を展示した「歌川国芳展 ―奇才絵師の魔力」を
たまたま出向いた大阪でやっていたのを、ここぞと言わんばかりに見て
改めて、そのウィットに感心させられた。
デッサン力、画力、色彩感覚、どれをとっても一流の絵師なのは当然だが、
『水滸伝』に代表される武者絵に長けた画業で一世風靡したこの絵師は
そこに、ユーモアというか、遊び心を加えて
その人間味を、さらに滲ませる絵がたまらない魅力を放っているのだ。
そんな展覧会が、大いに賑わいを見せているのは
国芳ファンとしてはうれしい限り。
小難しい美術とは無縁、庶民の国芳を今こそ共有しよう!

そんな国芳といえば、『相馬の古内裏』という
でっかい髑髏で眼をひく3枚続きの大判錦絵、がつとに有名だ。
相馬の古内裏というのは、平将門が京にならいて下総国相馬に建てた屋敷で、
承平天慶の乱で討ち取られた将門と共に焼き払われ、廃屋となったあと
娘如蔵尼をモデルにした滝夜叉姫が、父の敵討ちにとその廃屋に籠もり
妖術を駆使して集めた仲間とともに化け物屋敷化したとされるのが
この古内裏のなれそめであり、
要は、このがしゃむくろという骸骨が呼び出される場面に際し
それに対抗する猛者大宅太郎光国が勇ましく挑む、そんな話の描写だ。
これは山東京伝による読本『善知安方忠義伝』にあり
ずばり、そこからモティーフにした絵というわけであるが、
その構図、迫力の前に圧倒される。
こうした妖怪絵がのちに、水木しげるのがしゃむくろにも
如実に影響を与えているのだ。

さて、そんな国芳だが
絵のウイットはみていただければ感じ取れるものばかりだし
個人的には、並々ならぬその諧謔精神に魅了されてきた。
わざわざ小難しい解釈はいらない。
というわけで、動物好き、猫好きにはもちろん、
それ以外にも、ふと微笑みを禁じ得ない、そんな空気感に包まれるだろう。
代表的なものといえば、その名も「其まま地口 猫飼好五十三疋」という
東海道の宿駅の名前を独自のユーモア感覚で描いた絵を思い浮かべる。
地口、すなわちダジャレのような他愛もないものだが、
猫の東海道53次ならぬ53匹を描いている画風に、思わず笑ってしまう。
猫の描写もさることながら、無理やりない知恵をひねって
なんとかゴロが合うように、53もの地口を考え出すのはなんとも楽しい。
そこは???なんなんだ? と思わせる苦しめの強引技もちらほら散見する。
賞金目当てにサラリーマン川柳などに
真剣に取り組むお父さんのイメージが浮かんでくるのだ。

そんな国芳が得意にした、このとじ物にはちょいとわけがある。
時の将軍家斉の散在によって財政破綻に転じた幕府を
老中であった水野忠邦の天保の改革によって
贅沢事が禁止されたということもあって
そのあおりを食ったのは、民衆に娯楽を供給していたところの歌舞伎や芸事、
そして絵師のような立場の人間であり、
なにしろ、風俗の乱れと称して、役者似顔絵や遊女芸者絵の禁止を掲げる始末。
さぞや、ほぞを噛むような、煮湯を飲まされるがごとく思いだったであろうが、
そこは生粋の江戸っ子国芳もだまっちゃいない。

『里すずめねぐらの仮宿』では、人物の顔をすべて雀に仕立て
天保の改革の施行主、その者を皮肉ったといわれる
『源頼光公舘土蜘作妖怪圖』では
面目躍如の果敢な挑戦に、お江戸の民衆も
この反骨精神を嬉々として後押ししたという。
これが江戸人気に通じた国芳への評価、からくりだ。

Grateful Dead : Ramble On Rose

国芳のがしゃむくろに対抗できるバンド、といえばもうこれしかないだろう。あの不気味にしてユーモラスな骸骨マスコットたちは、まさに“死者の名を冠したバンド”にふさわしいアイコンだ。その名もグレイトフル・デッド。ぼくの大好きなアメリカーナだ。ちなみに、英語圏の民話やバラッドに登場する“恩返しをする死者”を意味するグレイトフル・デッドは、埋葬されずにいた無念の死者に旅人が弔いを施すと、その死者が精霊として恩返しをするという、いうなれば、あちらの民話やバラッドの物語からとられている。さすがはジェリー・ガルシアのセンスである。まさか、国芳とグレイトフル・デッドが結びつくなんて、思いもよらない荒唐無稽な話にもおもえるが、ユーモア感たっぷりの国芳なら、このデッドのウイット、哀愁を大いに受け入れてくれるだろう。そんなグレイトフル・デッドの名曲「Ramble On Rose」。1989年7月7日、ペンシルベニア州フィラデルフィアのジョン・F・ケネディ・スタジアムでのライブ演奏、後にライヴ盤「Crimson White & Indigo」でリリースされるこのコンサートは、JFKスタジアムでの最後のイベントになった。