野田幸男『0課の女 赤い手錠』をめぐって

0課の女 赤い手錠 1974 野田幸男
0課の女 赤い手錠 1974 野田幸男

はめてはめられゼロ地点、それは地獄手前の赤い河

赤い手帳に、赤い拳銃、そして長い鎖付きの赤い手錠(ワッパ)、
赤、赤、赤のオンパレード。
まさに劇画の世界である。
赤いドレスを纏って、男の欲望の前におもちゃにされても
決して取り乱さない真っ赤な唇の女デカ、杉本美樹こと0課の女澪(みお)。
そんな女刑事、いるわけないっしょ?
と言われてもしょうがないくらい、この漫画のような世界の女だ。
それもそのはずで、あの篠原とおる原作の劇画からの映画化だから
といってしまえばまかり通る。
そう、あの『女囚さそり』シリーズを描いた人といえば、なるほど
と思う人コアなファンもいるかもしれない。
脚本も『女囚さそり』と同じく神波史男&松田寛夫のコンビ。
監督は『不良番長シリーズ』で名を馳せた野田幸男だ。

筋を追って、普通に感情移入するような映画でもないし、
アクションとバイオレンス、そして即物的なエロがあるだけだ。
とにかく、出てくる人物たちはみんなイカれてる。
が、イカれ具合のテンション、弾けっぷりが半端なくクレイジー。
デカたちも、犯行グループも、みんな常軌を逸脱したキャラばかり。
その背景には政治的なカラクリはあるとは言うものの、
すべてに中途半端じゃないから、これでいいのだ。
おかしいまでに一つ一つに無理がある。
でも、その無理があるからこそ映画として面白くなるのだ。

犯人グループは出所したての郷鍈治がリーダー格で、
レイプに殺人、ゆすり、とにかく無軌道に切り込む中に
0課の女が放り込まれる。
0課って何だ?
そう言われて、真面目に答えてもしょうがないけど、
言うなれば、例外と言うか、はみ出しデカ枠ということらしい。
理屈が通用しないのは、
囚われた女が次期総理候補たる大物丹波哲郎扮する政治家の娘で
その政略結婚のからくり故に公にはできないってことで
すべてをないことにされようとしての強引技ゆえ、全てが動く。
善も悪も十把一絡げにされてのアクションがなんとも凄まじい。

ヒロイン杉本美樹はおいておくとして、
何と言っても郷鍈治が凄まじい。
何だこの野獣は! と思わず叫びたくなる。
顔からして、声からして、
あの杉ちゃんなんて比べものにならないぐらいワイルドすぎる。
この俳優は宍戸錠の実弟といえばちょっとは納得か。
かならずしも似ているとは思わないが、野獣の血ならなんとか想像できる。
同時に、あのちあきなおみのご亭主、でもあったのだが、
短命で、映画史にはちょこっとだけ在籍して
花火のように散ってしまった俳優だが、こんな強烈な役を残して名は残った。
本作は一二を争う郷鍈治の代表作といっていいだろう。

まるでソドムの市に叩きこむかのようなカオスバイオレンスの数々。
英会話学校に侵入、その人質を丸裸にし、立て篭もるシーンの異常さ。
警察もまけじと、事の真相が明らかにするために
グループの男に水攻め、万力、ガスバーナー地獄ぜめの拷問も辞さず対抗。
で、ここで丹波哲郎扮する大物政治家は
娘の安否よりは政治家人生をとれと命令する。
もはや、情もくそもへったくれもない。

郷は郷で、血を分けた弟を仲間の手前、叩き殺してその威厳を示すが
土台暗い過去がある。
「俺の生まれた街に戻ってきたんだから、こっちのもんだ!」
何度となくフラッシュバックする映像。
母親はスラムで娼婦をやっていて、父を知らぬ私生児としての憤りが爆発するのだ。

グループのグラサン髭面で、
背中に虎の刺繍が入ったデニムの服を着た男荒木一郎は
本作では不気味だが、ちと影は薄い。
郷鍈治に対抗できるのは、やっぱり刑事の室田日出男ぐらいのものか。
こちらも権力の犬と化した攪乱が凄まじい。
ラストはものすごいカーチェイスを演じ、
ゴミで埋まった空き地へとなだれ込み壮絶な撃ち合いで
郷鍈治は果て、室田日出男もまた地獄行きとなる。
結局は権力の名のもとに、欲望と使命と意地、そして憎しみがぶつかり合って
0課の女だけがこの泥仕合に勝利する。
が、しかし・・・

正直、なにひとつ、スカッとすることはない。
皆、権力の奴隷にすぎないということだ。
虚しさだけがそこはかとなく漂っているが、負けるわけにはいかないのだと、
最後は、0課の女こと、杉本美樹が歌う主題歌「女の爪あと」で終わる。
このあたり「女囚さそり」で梶芽衣子が歌う「恨み節」と同じ匂いがしてくる。
劇画の世界とはいえ、ぐっと来るのはここだといわんばかりに。

0のバラード – 女の瓜あと:杉本美樹

街の灯りはつれなかろ
母の乳房が恋しかろ
独りぼっちの野良犬よ
負けてしまえばおしまいさ

こんな悲しい世の中を
はすに歩くもおつなもの
いつか来る春幸せを
胸に信じて生きてゆく

「女の爪あと」(作詞:石坂まさを、作曲:菊池俊輔、唄:杉本美樹)