サロン De 溝口健二

溝口健二 1898-1956
溝口健二 1898-1956

巨匠の裂け目に人間が宿る

溝口映画を見終わったあとは、どっと疲れる。
実に重いのだ。
そう簡単には他人に勧められない重みがある。
同時に、その充実感、鑑賞の醍醐味は他にないものがある。
食い入るように見てしまうのだ。
やはり、これぞ巨匠の名にふさわしい格、そして魂に響く何かがあるのだろう。
その意味で、日本の映画史において、
ひとり好きな監督と言われれば、成瀬巳喜男といいたいところだが、
ぼくがもっとも敬愛する監督といわれれば、溝口健二なのである。
当然、その思いは映画作品を通して培ってきた感覚に他ならないが、
ここで語りたいのは、巨匠溝口の功績ではなく、
人間溝口を踏まえた映画作家溝口健二としての魅力なのだ。

それには、最初に読んだ四方田犬彦の『溝口健二というおのこ』という評論と
弟子たる思いを強く認識していた新藤兼人の
溝口健二を知る39人の作家や脚本家、
そして現場の空気を肌感覚で知る俳優たちのインタヴューを元に作られた
『ある映画監督の生涯 溝口健二の記録』というドキュメンタリー
この二軸に大いに触発されている。
それを踏まえて改めて作品を見直すと、
映画の見方、視点はさらに深みを増すことになるはずだ。
巨匠と呼ばれる映画作家はそう多くないが、
そのなかで溝口健二という存在は、やはり別格なのだ。
小津が日常の時間を独自の方法論に落とし込んだ映画デザイナーだとすれば
黒澤は勧善懲悪の人間ドラマとエンターテインメントの壮大な語り手、
成瀬はある意味、うじうじどろどろな人間模様を
究極の技で描く職人というポジションにあるのだが、
溝口はむしろ 人間の運命そのものを見つめた指揮官というべきか。

溝口の映画には、冷静でありながら、常に哀しみを帯びた熱い視線がある。
そこでは人間は決して完全な自由を持つことが許されない。
だからこそ、主人公たちは、社会制度、身分、欲望、
そして運命といった力学に翻弄されながらも
それでもなお人間としての尊厳を保とうともがくのだ。
その姿からは、溝口という人が演技の誤魔化しを嫌った姿勢と共に、
ねじけた、いつわりの多いという意味の「奸譎(かんけつ)」という語を用いて
しきりに脚本家の依田に求めたという事の本質へと連想させる。
つまり、環境に甘んじるのではなく、
なにがなんでも食いつく、非情なまでに生きてゆくことを追求したのだ。
その結果として、長いカメラの呼吸のなかで、
溝口による映画絵巻が連綿と語られることになるのだ。

女の業と人間の尊厳

溝口映画を語るとき、しばしば「女性を描く監督」という言葉が用いられる。
実際、彼の代表作の多くは女性の苦難を中心に据えているのは間違いない。
初期の代表作『祇園の姉妹』や『浪華悲歌』から、
中期の傑作『西鶴一代女』『近松物語』、そして遺作『赤線地帯』まで、
これらの作品では、社会の構造のなかで翻弄される女を繰り返し描く。
遊女、芸者、妻、母、最後は女としての業を抱えながら、無常観に包まれる。
彼女たちは男たちの欲望や支配する社会制度によって
その運命を左右される存在だが
彼女たちが単なる被害者ではない点に、溝口の真のテーマが隠されている。
社会悪、権力社会に対するある種の怒りを女の業に変え、
彼女たちはその苦難のなかでも芯の強い存在として描かれるからである。

『近松物語』のおさんと茂平は、
ふとした誤解から、社会の禁忌を破りながら愛を選ぶ。
二人はやがて家と共によって葬り去られる身だが、
その運命のなかで互いを見つめ合う姿には、どこか凛とした尊厳が宿る。
社会は彼らを断罪するが、その精神までは奪えないのだと。
栄華を誇った家が、最後には取り壊され
ふたりの愛だけが残酷に残されたエンディングの強さ。
溝口の映画にはこの絶対の構図がある。
社会は勝つが、人間の尊厳までは奪えないのだと。
すこし、かしこまっていえば、
生身の人間としての気高さの美そのものが横たわっている。

無常の世界

とはいえ、美が決して物語に収斂されるタイプの映画ではない。
むしろ、溝口の映画には深い無常観に貫かれているといっていい。
『西鶴一代女』の主人公お春は、宮廷から武家、遊郭へと転落を繰り返し、
最後には夜鷹となって街をさまよう。
流転の人生の果てに、彼女は身を崩しながらも
どこか達観した存在として立っている。
ラストシーンの仏たちの顔のアップにはそれが滲み出している。

同様に『山椒大夫』では、奴隷として売られた姉弟の運命が描かれる。
弟の厨子王はやがて国守となるが、姉の安寿は身を投げすでにこの世にいない。
脚と視覚が不自由な母親との再会のラストシーンでは、
ゴダールをはじめとしたヌーヴェル・ヴァーグの作家たちを熱狂させた
180度パンによる海のショットが有名だ。
つまり、物語は抒情をさけ、ひたすら無常へと向かう軌道へと託される。

世界は少しもよくなりはしないし、失われたものも戻らない。
権力や欲望の支配に抗えるものはいない。
つまり溝口の映画では、どれほど人間が努力しても
運命そのものを完全に覆すことはできないという、
日本の古典文学や仏教思想に通じる無常の感覚が
そこはかとなく流れているのだ。

この無常の美学を、詩的に結晶させた作品が『雨月物語』にはある。
もともと、溝口には泉鏡花の幻想ものに傾倒するような文学性、
あるいは幻想性を共有している作家だった。
その思いから、モーパッサン的な人間の欲望の物語と上田秋成の幻想譚をもって
ひとつのオリジナルとしてまとめた作品だ。
一つは朽木屋敷に現れる若狭の幻想である。
京マチ子による亡霊は、視覚的にも映画史に刻まれる名シーンである。
それは豪華で妖艶な空間であり、源十郎の欲望が生み出した幻想であり、
富と名声を求める男の欲望は、やがて破滅へと向かう導線として挿入される。

帰宅した源十郎を迎える妻宮木の幻想。
そこには豪華さも妖艶さもない。
貧しい家の静かな夜があるだけである。
しかし翌朝、それがすでに死んだ妻の幽霊であったことが明らかになる。
若狭の幻想が欲望の幻想であるのに対し、宮木の幻想は愛の幻想である。
溝口は欲望の幻想を崩してまで、最後に愛の幻想だけを残す。
しかしその幸福は一夜で消えてしまう。
ここに溝口映画の無常の美がある。

男の弱さと裏返し

また、溝口の映画には、女性の苦難を描くと同時に、
男の弱さ、傲慢さを暴く映画でもあるのだ。
『雨月物語』の兄源十郎と弟藤兵衛は、それぞれ富と身分への欲望に取り憑かれ、
妻たちは、ある意味その犠牲になる。
『近松物語』では、男の優柔不断が悲劇を招くが、
かえって女の欲望を増長させてしまうのだ。
『西鶴一代女』では、社会や権力そのものが女を転落させるが、
女はその転落に身を任せながら、自らの運命を生き抜く。
『赤線地帯』における女たちの奮闘は
まさに欲望の犠牲者たちではあるが、
逆らえぬ現実の前に非人情を受け入れる姿が描かれる。
つまり溝口の世界では、女性の悲劇の多くは
社会のもつ動かし難い現実から物語が生まれる。
そしてそこに、女の業がおのずと引き寄せられてゆく。
しかし溝口は男や社会を断罪しない。
女たちは、堪え忍ぶことから知恵を学び、生きてゆかざるをえないのだ。
だが、人間の弱さそのものを見つめる溝口の眼差しは
あたかも自身の人生に重ねるが如く、常に冷徹さを崩さない。

反射の美学、身体性の映画

溝口映画のもう一つの重要な特徴は、
俳優の身体性を決して映画から切り離さなかった点である。
よくいわれるところの“反射”である。
俳優たちは、この言葉に怯え悩まされ続けたという。
つまり、演技とは、頭で芝居することを意味しない、
セリフよりももっと大事なものがある、そういわんばかりに
身体性を共って初めて成立するという溝口の絶対文法なのだ。

『近松物語』で、おさんと茂平の逃避行のなかで、長谷川一夫扮する茂平が
香川京子扮するおさんを置いて先にひとり逃げる名シーンがある。
取り残されたおさんは、それを知って茂平を追いかける。
このシーンで、急な斜面を駈け下りた勢いで、おさんはこけてしまう。
それは台本にはなく、夢中で走ったその思いからのハプニングだったのだという。
香川京子は気持ちの高まりが襲ってきたという。
今度はそこに隠れていた茂平が駆け寄って、
転んだ反動で血を滲ませたおさんの足を抱え持って接吻するという
この長谷川一夫の渾身の演技とともに、
まさに溝口のいう、反射以外の何ものでもない二人の姿が刻印されているのだ。

ゆえに、溝口の長回しや移動カメラは、形式的な演出のためではなく、
エイゼンシュテインのモンタージュ理論の反対側にある。
それは俳優の身体の運動を途中で断ち切らないための方法であったのだ。
人物が歩き、立ち止まり、振り返り、感情を滲ませる。
その一挙手一投足に、身体性が宿っていない演技を頑として認めなかった。
その身体の動きの連続のなかにこそ
人物の心理や関係の変化がたち現れると信じていたからだ。

カットを細かく割れば、その呼吸は途切れてしまう。
溝口はそれを嫌った。
つまり彼の映画のリアリズムは、細部の再現から生まれるのではない。
俳優の身体の時間がそのまま持続することから生まれるのだと。
そのため溝口の映画では、人物は空間のなかを移動し続けることになる。
役者たちは絶えずどこかへ移動を余儀なくされる運命を背負わされる、
歩く、走る、逃げる、追う、運ばれる。。。
その身体の運動こそが、社会や運命の流れそのものを示すのだ。
こうした身体性を、ヌヴェール・ヴァーグの作家たちは絶賛し、神聖化し、
それぞれの映画技法にも取り入れてゆく。
ゴダールが「気狂いピエロ」で、「山椒太夫」のラストシーンを引用し
そのオマージュをささげたのは有名な話だ。
ロメールの共感もまた、溝口が西洋的な文化に頼らず
独自の文化の基調をもっていた事実を認めつつ、
実は自分たちと同じ、本質の概念に立っていた監督であることを
見抜いていたのだった。

人間溝口

とはいえ、溝口の映画神話はむしろ、スクリーンを離れたところにある、
溝口自身の人生もまた、矛盾に満ちていたことは、だれもが指摘している。
酒を吞むと酒乱になり、その分女性関係にもだらしなく、
自らの背には、そうした女性関係の末に斬られた傷の“勲章”を抱えた。
こうした溝口の武勇伝は、新藤兼人の『ある映画監督の生涯 溝口健二の記録』にも
大いに語られているところだが、
助監督として彼のもとで働いた増村保造は、溝口の才能を慕いながらも、
「自分のテーマでない作品では凡庸になる監督」と評している。

つまり溝口は万能の巨匠ではなかった。
しかし、彼の内面に触れる題材を得たとき、その映画は突然強烈な輝きを放つ。
その意味で溝口の映画は、その人格の矛盾と深く結びついている。
とはいえ、新藤兼人が導き出した人間溝口が単に学歴コンプレックスや
いわば、負い目だけで庶民の目線に降りてきた監督には思えない。
そこには、小学校の同期川口松太郎が語るように
「官尊民卑の思想」というものが溝口自身を強く揺り動かせていた
という言説に信憑性を感じる。
それは権威に弱く、世評に弱かったという側面からも見えてくる。
『西鶴一代女』がベニス映画祭銀賞を受賞した際は、
携帯していた日蓮上人の掛け軸を一心に拝んでいたというエピソードが
脚本家依田義賢の口から語られるほどだ。
こうした、矛盾、あるいは人間味に対して
厳格に突きつけた女性への共感、女性への残酷さ、社会への怒り、
そして人間への哀しみが複雑に絡み合い、
あの独特のリアリティを生み出したのだと。

溝口健二とは?

溝口健二の映画は、女性の受難を描いた映画であり、
同時に男の弱さを描いた映画であり、
そして世界の無常を見つめる映画である。
彼の映画には英雄も聖人もいない。
ただ欲望に迷い、愛を失い、それでも生き続ける生身の人間だけがいる。
その背景には、人間を卑屈にし、抑圧する社会背景が常にあるのだ。

溝口のカメラは、その事実をひたすら冷徹に射抜く目をもっていた。
そして長い時間の流れのなかに浮かび上がる一瞬の情をすくい上げる。
その視線こそが、溝口健二という映画作家の真髄である。
だが、そうした映画を離れれば、女にだらしなく、酒乱で、
妻を精神疾患に走らせた負い目を抱え、その贖罪をにじませた。
あるいは、溝口映画の格であった女優田中絹代への思慕を抱えながらも
その思いを告白できずにいた。
そのことは、田中絹代自身の口から、
肯定とも否定でもない言い分で語られる。
はっきりと「(男として)面白み」がないといいきったものの、
「先生とはスクリーンの上では実質上の夫婦だったような気がする」
と締めくくるその言葉に嘘はないだろう。
その言葉以上に、二人の関係性は喩えようがない。
また、先の増村の言葉通り、作品では常に、好不調の波で、常に評価は分かれたが
現場では、その厳格さで、俳優たちを震え上がらせた。
小道具ひとつ、美術ひとつが腑に落ちなければ容赦なく撮影は中断され、
脚本もまた、書き直しや手直しが求められ、現場は大いに混乱する。
かとおもえば、権力に弱くなびくようなところもあり、
新しいものには常に目を光らせるような人間だった。

つまりは巨匠という名を誇るも、大いなる欠陥人間として
だからこそ、多くの映画人はそんな溝口を愛した。
それは間違いないところだ。
そんな溝口健二の映画をぼくもまた、敬愛するのである。

◉ぼくの偏愛的溝口5選

  • 残菊物語
  • 西鶴一代女
  • 雨月物語
  • 山椒大夫
  • 近松物語

黛 敏郎 : 赤線地帯のテーマ

溝口健二の遺作『赤線地帯』で音楽を担当したのが、当時まだ三十代の現代音楽家、黛敏郎である。黛敏郎といえば、「題名のない音楽会」の司会で有名だが、フランスで前衛音楽を学び、電子音楽や無調的な響きを取り入れていた黛の音楽は、当時の日本映画音楽の常識からすれば、かなり異質なものだったはずだ。叙情的な旋律で観客の感情を導くのではなく、冷たく乾いた音の断片が、都市の空気のように画面の背後を流れる。このため、公開当時には「溝口映画の情緒に合わないのではないか」といった議論も起こった。

溝口の映画は、俳優の身体の動きを断ち切らない長回しによって、人間が生きている時間をそのまま画面に持続させることを特徴としている。カメラは人物を追い、彼らが歩き、立ち止まり、また動き出す身体の時間を静かに見守る。その冷静な観察の視線は、決して感情を煽らない。むしろ人間の営みを、どこか距離を保ちながら見つめている。

黛の音楽もまた同じ距離を持っている。感傷を誘う旋律ではなく、都市の夜気のように得体の知れない妖しい音や旋律が、画面の外からそっと入り込むそんな感覚がある。そこでは音楽が物語を説明する必要など、どこにもない。ただ、赤線の街の空気、そこで生きる女たちの孤独やしたたかさを、抽象的な響きとして漂わせる。宮川一夫のカメラが人間を冷静に見守るように、黛の音楽もまた、その世界を感情的に包み込むことなく、静かな距離を保っており、今聴くと、その違和感が、むしろ逆説期に映画のテーマに寄り添っているかのように響いてくる。結果として、溝口映画の最後の一章に、ひときわ冷たい都市の響きを残すことになったと思う。

ただ、これは個人の勝手な想像だが、溝口には映画音楽や、音楽的な口出しがあったとは思えない。むしろ、音楽は副次的なものとして、任せきりだったような気がする。たとえば、歌舞伎で使われる下座音楽を使用した『近松物語』のような、ひとつひとつのシーンに対し、映像への表現力を考慮し、効果的に付けられているとは思えない。それがミュージック・コンクレートの効能というべきもので、それが必ずしも成功しているとも思わないが、かえってその前衛性が不安定さを強調しつつも、社会構造とその底辺にある庶民感性に沿って、じつに不気味に聞こえてくる。まさに映画のテーマそのものなのだから不思議である。