アラン・ロブ=グリエ『ヨーロッパ横断特急』をめぐって

ヨーロッパ横断特急 1970 アラン・ロブ=グリエ
ヨーロッパ横断特急 1970 アラン・ロブ=グリエ

虚構の快楽小噺を一席

仏ヌーヴォーロマンの旗手、アラン・ロブ=グリエによる
メタフィクション映画の傑作『ヨーロッパ横断特急』。
どこかフィルムノワール風、どこかサスペンスを漂わせるが
ロブ=グリエのメタフィクションは、もとより筋に重きがあるわけじゃない。
あたかも映画に遊ばれているような感じに陥って
そこがわかっていないと映像の世迷い人になってしまう感じだ。
騙されることなかれ。

“ヨーロピアン・アバンギャルドの最重要作品”とも言われている本作は
確かにアバンギャルドでありつつも、ロブ=グリエにしては比較的親しみやすい内容で
どこかニヤニヤしながら見入ってしまう快楽にあふれている。
ロブ=グリエ組と言っていいほどのお気に入り俳優トランティニャンが
これぞはまり役で以て、見せ場を外さない。

パリからアントワープへ向かう国際列車TEEの中
この日本ではお目にかからない、
ヨーロッパ鉄道ならではのコンパートメントの形態に
搭乗の経験があるものからすると、妙に懐かしい思いがするのだが、
(そういえば、ブニュエルの『欲望のあいまいな対象』にも
こんなシーンがあったっけか? 
あるいはラース・フォン・トリアーの『ニンフォマニアック』にも)
コンパートメントはしばし映画装置になり得るのをここにも実感させられるのだ。

そこに座った三人が映画について、あれやこれやと
意見をしながら、話を組み立てて行く。
列車の中で、映画の構想をするのは
ロブ=グリエ本人とスクリプター、そしてプロデューサーか。
スクリプターの彼女はロブ=グリエの妻カトリーヌらしい。
テープレーコーダーを回しているわけだが
そこに当時の時代性を感じさせるものの、さらに何か想像を掻き立ててくる。
で、トランティニャン扮するエリアスがコンパートメントに紛れ込んでスイッチが入る。
「トランティニャンを出せば?」「悪くないね」3人はそう呟く。
物語がすでに始まっているにもかかわらず、
虚構と現実が交差する、いつものロブ=グリエワールド全開だ。

とはいえ、わざわざ映画の虚構性を暴き出そうという意図が明確にあるわけでもない。
どこかヌーヴェル・ヴァーグを思わせる軽やかな手つきで
次第にのめり込まされてゆくのだ。
ロブ=グリエという人の書く文学が、視線の文学とも言われる所以が
それが映像と結びつくことでさらに顕になっている。
それは見る人か、見られる人なのか?
視線を投げかけくる通行人たちがいて、
カメラ目線で訴えてくる俳優たちがいる。
はたまた、映画を撮るロブ=グリエ自身への眼差しか、
あるいは、この映画を観る我々への視線なのか?
無論、解釈が一筋縄ではいかないことぐらい
フランス文学通、映画通じゃなくとも見ればわかることだ。
しかし、ここではそれが映画として魅力的に成立しているのが実にスリリングなのだ。

多分に漏れず、現実だか妄想だかがよくわからないようになっており、
列車の中でカバンの中身が調べられたり、あるいは盗まれたり、
実は中身が砂糖で、運び屋としての技量を試されたり
列車内で見えぬ敵にピストルを乱射したり・・・
ホテルではSMプレイの延長で女が殺され、
運び屋自身も刑事に始末されたりと、様々な戯れを繰り返しながら、
最後はそれは全部嘘でしたチャンチャン、とクールに閉じられる。
一冊の書物のような映像は、
迷宮に入ろうかという寸でに我々の前に戻ってくるのだ。

パリの駅の売店で、SM雑誌を購入するトランティニャン。
その流れを組んで、列車の中、
そしてアントワープのホテルでページがめくられ
娼婦はベッドに縛りつけられ殺される。
あるいは、見せ物としてのストリップショーがバーで繰り広げられる。
これは「エロティックな」映画です、
などというロブ=グリエの言葉を誰が信じよう?

それにしても、ロブ=グリエの映画には美女しか出てこない。
おそらく、彼の妄想の中では美女しか映画が成立しないかとでも決まってるかのようだ。
ここでもマリー=フランス・ピジェが実に魅力的に虚構に転がされている。
オペラをBGMにしたエリアスとのプレイシーンには思わず喉を鳴らしてしまう。
ロブ=グリエは言葉に頼らない快楽を心得ている作家なのだ。

Kraftwerk – Trans Europe Express

クラフトワークの名曲『Trans Europe Express』。
もちろん、映画とはなんの関係もないけど、タイトル絡みで、この曲を思い出した。
メンバー4人がEXPRESSの客室にいる光景が貴重なPV。
ロブ=グリエの小説や映画が決して古くさいなんて思わないのと同じで、
クラフトワークの曲も今聞いてもときめいてしまうんだな。
列車のモティーフというのは非常に映画的であり、映像的だなって改めて感じる瞬間。
いいな、クラフトワーク。いいな鉄道。

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