嬢とヒモを情で結ぶ、人生ひきこもごも
「映画ってのは、ちゃんと作ったって面白ないんです」
これ、たぶん森﨑東監督の本音やないですか?
その無精ひげ面、そんでもってシーンのどこかに必ず便所を出すってんで
松竹映画の黄金時代を築き上げた城戸会長から
「不潔だ。ひげを剃ってこい」などといちゃもんをつけられ、
契約を打ち切られたという逸話をもつ森﨑東の
松竹から、東映に場を移してフリー第一作がこれなんです。
水を得た魚よろしく、実録東映路線とは正反対のエロありの喜劇、
というか人間ドラマですな。
その名も『喜劇 特出しヒモ天国』。
もうタイトルからしてヤバい匂いするやないですか?
でも観たらともっとヤバいかもしれませんし、
真面目な映画ファンなら足元すくわれるかもしれませんよ。
なにせ“ヒモ”が主役の映画をとりはるんですから。
働かず、稼がず、ちゃっかり女のヒモになるっちゅうんは、
昔っから、いうたら男のロマンですわ。
そんな連中が、まるで高度経済成長の裏っかわで
「これが人間の真実や!」ってな感じで、悪びれずに叫んでるんですから、
そこがやっぱ喜劇、おもろいんですわ。
そんなアホみたいな世界に放り込まれたのが山城新伍ですねん。
司会に映画にと、昭和を彩った個性的な人やったな。
そんなことで、今の人には通じないだろうけど「チョメチョメ」で一世風靡した人。
バラエティ番組『アイ・アイゲーム』で、伏せ字に対して使った擬音語、
まあ隠語ですわな。
実はこのチョメチョメ新伍、最初から出る予定じゃなかったんです。
予定されてたのが、あのヒデとロザンナのヒデこと出門英やいうから、
おっ、何があったんや、と思いますやろ?
ところがクランクイン直前、ヒデがドロン。
名目は「ポルノ?話がちゃいまんがな?」いうことでぐずったらしいけど
いまさら、エロやポルノにひるむ役者か、いう感じの見事なドタキャンぶり。
東映のプロデューサーたち、さぞや泡吹いたことでしょうな。
そこに代打としてすべり込んだのが山城新伍いうわけです。
なんで彼だったのか? 答えは簡単、その場にいたから。
というのも、山城は当時“東映城”の常連、
名作「仁義」シリーズでも胡散臭さ満載のやーさんなんかをやってますさかい。
元々が“酒と女の間をぬって映画撮ってたような存在”でんがな。
どんな役でも、ひょいっとやってのける人やし、
ある意味、器用な人なんです。
何せ彼自身が“世を忍ぶ仮のチャラ男”じゃなくて、
“世を茶化す本物のチャラ男”でしたからね。
あの専売特許の胡散くささも加わって、まさにはまり役ですがな。
で、そんなチョメチョメ山城をはじめとして、
この映画のキャストがこれまた曲者ぞろい。
ヒモ仲間には、これまた昭和名物、どんべいコンビで風靡した
ギラついたエロスとヘナチョコな哀愁が共存する拓ぼんこと川谷拓三、
胡散臭い坊主の説教が哀愁を誘う名優殿山泰司、
そして、黒澤組の名バイプレーヤー藤原鎌足までもが
哀愁のヒモ稼業で出てまんねん。
そこにお色気担当にして母性までも漂わせるピンク映画女王・池玲子が
これまた肉体だけやのうて、演技でも魅せる芝居をやってくれてます。
そこに絡むんが芹明香嬢。
これがまたええんですよ。
ロマンポルノで天下一品のやさぐれの役所を演じてきた女優さん。
この蓮っ葉ぶり、ほんま最高です。
で、これもまた名物、工事中で男を悩ます、元祖ニューハーフこと
カルーセル麻紀姐さんまでが熱演。
そら、熱いストリップ群像劇にはぴったしの俳優揃いでっしゃろ?
みんな一癖も二癖もある東映の人間国宝級キャストたちの共演ですわな。
スカした映画学校出の連中が「キャラ立て」を考える前に、
もう顔と声と動きだけで、“世界”ができてしまう格好のサンプルちゃいまっか?
これぞ昭和の役者力、そして願ったり叶ったり、
胡散臭さの満開というやつですわいな。
ちなみにこの映画、見た目はおバカでも、ちゃんと“構造”がありますねん。
ヒモたちの生き様を笑いながら、
なぜか観客の中に「でも…これええやんか」という感情がわいてきよる。
これって、“働かざるもの”がどうやったらメシが食えるかって話。
つまりは森﨑流・逆説の人間賛歌というやつです、はい。
そのくせ、最後はしっかり地獄まで付き合ってくれるんですから、
これは目の付け所がよかったんやね。
笑ってたら、いつの間にか泣けてくる。
泣いてたら、屁でもこかれるでぇ〜ってな世界。
その混沌こそが森﨑東の腕の見せ所でんがな。
ほんで“働かないこと”がひとつの生き様として、
ちゃんと画面に刻まれとるんですから、
これはもう立派な思想といっても過言じゃおまへん。
ドタバタの中から生まれた混沌こそが“本物”いうわけです。
ヒモであろうがなんであろうが、
人間ちゅうんは、笑われてなんぼ、そないいわんばかり。
なんせ、人情には笑いと涙はセットですがな。
そして、笑われながらも堂々と“天国”を名乗る連中、
そんなダメな人間たちにとっての一番の癒やしでもあるんです。
この映画、忘れてはいけないのが、
下条アトムと森崎由紀の聾唖の夫婦の存在やね。
セリフではなく、動きとまなざしで語るこの二人の存在が、
映画の“から騒ぎ”に静かな重みを与えているのがわかってきます。
この夫婦が、赤ん坊のためにお金を必要としているってな設定。
それを知って、妻はストリッパーになることを選びよる。
ヒモが自堕落に見えるこの映画の中で、
一番「何かを守ろうとしている」のが、この夫婦なんですな。
セリフでは笑いを取る連中が大勢いる中で、
セリフを持たぬ二人の“沈黙”が、どれほど雄弁で愛おしいものか。
舞台でのその奮闘ぶりがまたいいんですよ。
笑いを突き抜けたその先に、まぎれもない人間の尊厳と哀しみが
かー、じわり沁みてくるんがなんともいいんです。
しかも映画のクライマックス、あの場末の小屋が火事になるんですよ。
客のタバコの不始末で、貧乏人たちのささやかな天国が、
みるみるうちに炎に包まれてまうんですわ。
ギャグで笑わせておいて、最後にはしっかり焼き尽くしてくれるあたり、
森﨑東、やっぱりただの笑いの職人ではないんです。
あの小屋は、ただの舞台装置やなく、
“負け組たちの夢のかけら”やったことが描かれてますさかいにな。
でも、燃えてしまっても、そこにいた人たちのドラマは
ちゃんと焼け残ってるやおまへんか。
鎌足の善さん一家が焼死で、一同涙に包まれる中、
みんなが歌う「男の舟歌」、これがなんともいえぬ哀愁を効かせてくれとるし、
観客の心の中に、妙に愛おしい温度としてそれが残るんやね。
最後に、聾唖の夫婦に赤ん坊が生まれよるんです。
しかも、ひときわ高く産声が響き渡って幕。
それが、この映画が“エロでもお笑いでもなく”、人情ドラマである証拠ですな。
ちゃんちゃん。
というわけで、『喜劇 特出しヒモ天国』は、
エロも笑いも人情も、ぜんぶいっしょくたに混ぜ込んだ
昭和の炊き込みごはんみたいな作品というんですか?
奇をてらわず、かといってありきたりのもんでもなく、
どこか胡散臭いけどいちいち目が離せない。
その真ん中に、「人間って、こういうもんやろ?」という、
森﨑東のまっすぐで不器用なまなざしがありますから。
ほんまええ味を出してますわ。
そして、この映画を観終えたあと、
観客も入れ込んで、思わずこうつぶやくんやないですか?
「まあ、そんならワイも働かんでもええか……今日ぐらいは」なんて。
オタクもどうです? ヒモ家業、悪ないですよと。
ははは。
そんなアホな。
ワイは森崎東って監督、結構好きなんです。
なかでも、この『喜劇 特出しヒモ天国』がいちばんのオススメですねん。
よかったら、一回見て見てちょーだい。
チャラン・ポ・ランタン – ぽかぽか
喜劇には喜歌を。ってなことで、チャラン・ポ・ランタンの楽曲群のなかでも、
とりわけ彼女たちの思想と優しさが、そっと湯気を立てている一曲。『ぽかぽか』をお届けしよう。あまり、難しいことを考えず、ただ素直に目の前の人生を肯定する。そのためには救済ではなく、革命でもなく、ただ隣に座る。そしてふざけ合う。それだけでいいのだと。そんなことを教えてくれる曲。なにより大切なことは他者を笑いものにしないこと。そして、道化としてではなく、最後には人として抱きしめること。これこそが森崎東の映画のテーマに相応しいに違いない。とはいえ、本物の寒さを知っている人間だけが、“ぽかぽか”を必要とするという、人生の裏テーマが忍んでいることも忘れずに。












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