ホン・サンス「それから」をめぐって

それから 2017 ホン・サンス

男と女たち、それからどうした? 

ときどき、気がつくとサン・ホンスといってしまうホン・サンス。
この監督の映画はちょっと曲者だ。
かなりクセがある監督のひとりである。
しかも巧妙に仕掛けられているから厄介である。
間違ってもお茶の間でみるような韓流ドラマなんかと一緒にしちゃいけない。
個人的には、好き嫌いだけで斬ることのできない映画を
平気な顔をして撮る、というか、役者泣かせ、観客泣かせの
意地の悪い作家のように思える。
この『それから』にしても、映画としては確かに面白い。
見ているうちになんだか引き込まれてゆく。
だが、なんとなく引っかかるところもいろいろある。

ひっかかるというのは、どこかすっきりしないし、
おまけに映画では重要な時間軸がよくわからないとくる。
登場人物たちにも感情移入しづらい。
手放しで称賛できないものを常にどこかに合わせ持つのだ。
しかも全て計算づくなのだから恐れ入る。

『それから』は男女のもつれを扱っている。
ラストシーンで漱石の話が出てくるからって、
間違っても、夏目漱石の「それから」を想像したりしてはいけない。
しかも不倫劇であるが、登場人物たちが入り組んだ関係を持っている故に
対象のふたり以外とのドラマも生じる話になっている。
ホン・サンスといえば、韓国のエリック・ロメールとの声も聞くが
ロメールと比べられるのは、おそらく会話主体のやりとりが多く、
低予算、自然光、しかも台本にのっとって撮る監督ではないという点、
そして男女の微妙な感情のズレを描くのに長けているからだろう。
確かに共通項はあると思う。

小さな出版社を営む文芸評論家のクォン・ヘヒョが
ほぼ常にタバコを吸いながら、妻、愛人、そして愛人に間違えられる女、
それぞれ目の前の女たちになんとか取り繕うと悪戦苦闘している様に
女たち3人からの返しっぷりをひたすら傍観させられる映画である。
ロメールに似ているかどうかはさておき、
スタイルは完全にヌーヴェル・ヴァーグを彷彿とさせる。
まず、この映画のトリッキーさは、そのモノクロスタイルにある。
時間軸をいろいろ入れ替える上で、モノクロは好都合なのだ。
しかも登場人物を横から捉える長回しショットが中心で、
ワンショットで見せ、パンはするが切り返しなどは一切しない。
いわば演技そのもの、その場の会話そのものを
じっくり見せようとするスタイルにある。

その中で、人物たちの会話に耳を傾けて
話に入ってゆくと、なんだか妙な感じを受ける。
自然なようで不自然な感じも同時に受けてしまう。
おまけに会話の中身に重みがあるんだかないんだかがよくわらない。
ようはどうでもいい話をしている。
「好き」「嫌い」のレベルかと思いきや
そこで「人生の意味」だの「神」だのという話がでてきたり、
辞めることを自分から言い出したか否かの論争に変わる。
ホン・サンスが基本的に台本を用いないなかで撮影を開始し
俳優たちも現場でいろいろと格闘があるのだろう。

とにかくこのクォン・ヘヒョは場をよめないまずい男なのはよくわかる。
なにかと食えない男である。
映画とはいえ、こんな男がモテるというのも不思議だ。
しかも、批評に優れている男の割には、
小娘に軽く論破され泣き崩れるのだから、困ったものである。
どことなく、ブラマヨの吉田を彷彿とさせるこのしゃくれ男が
たった一人しか社員がいないのに「オレは出版社の社長」然として、
やたらに上司風を吹かせる。
が、韓国の松嶋菜々子こと、キム・ミニに軽くいなされる。
ましてや、輪をかけて面倒な妻を抱えているわけで、
こんな男と不倫したところで、なにがあるのかというところ。

そのキム・ミニは出勤当日に、訳もわからず浮気相手に間違えられて
偶然社を尋ねてきたその妻に平手打ちまで食らうのである。
こんな理不尽な会社に誰も居たくはない、と考えるのかと思いきや、
文芸評論家のクォンが賞をとったからと最後には祝福で再訪する。
おまけにクォンは一度会ったことを忘れてしまっている。
そんなバカな、である。

例えば、冒頭での夫婦間の会話で
妻は夫に、最近顔が変わったという。
それはあなたに女ができたからだと詰める。
が、当人は、それをのらりくらりかわす。
その後に、その男は、公園でその浮気相手に会うシーンになる。
妻の指摘はものの見事に当たっているわけだが
全くひねりも何もない。

こんな男のモデルはいるのだろうか?
なんでも、“家に帰りたくない男”の存在を知って、
この映画の構想が生まれたという。
とにかく家にいたくない彼は、早朝4時半に事務所に出勤し、
深夜まで帰らない男ということらしい。
どこまでがこのキャラクターに反映されているのかはわからないが、
いずれにせよ、情けない男という雰囲気を醸し出している。

ホン・サンスとキム・ミニが私生活でそんな関係になっている。
実情がどうなっているのかはよく知らないが、それを公表している。
国内はもとよりちょっとしたスキャンダルにもなったが、
所詮は男と女であり、ここでは監督と女優である。
どこまでトリッキーなんだろうか?
現実と虚構を巧みにあやつる男のすることはよくわからない。
それらを置いておいても、キム・ミニはそのチャーミングさだけでも
ずっと見ていられるほど魅力的であり、
おそらくホン・サンスの眼差しも他の女優とは違っているはずなのである。
他の女たちは、結局は皆引き立たせ役のように思えてくる。
どこまでも気を許せない作家の実にスリリングな映画だと思う。
間違っても瑞々しい映画だとは言わない。
したたかな映画だからだ。
続編を撮ってもまだいける内容だ。

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