ジャック・リヴェット『セリーヌとジュリーは舟で行く』をめぐって

Céline et Julie vont en bateau 1971 Jacques Rivette

映画版『不思議な国のアリス』乗船録

今一番見たい映画はときかれたら
まず真っ先にジャック・リヴェットの『アウトワン』をあげたい。
何しろ映画史的にも前人未到の12時間もある超大作なのですから,
そう易々と鑑賞する機会などに巡り合うはずもありません。
それが叶わないならまあ『セリーヌとジュリーは舟で行く』を
もう一度とリクエストしておきたいところです。

そんなわけで『セリーヌとジュリーは舟で行く』をじっくり見返したところで、
観たいというより、自分の感性に近しい映画を
定期的に確認しておきたい、ということでして。
すでに数回目にしているというのに
その期間があまりにも開いたおかげで(もう十年以上前だったけな)
記憶がはっきりしないもどかしさがあるのです。
もっとも、観た後でさえ、
内容や感想をうまく書けるかどうか、怪しいもので・・・
とはいえ、間違いなく生涯のベストテンには入れたい映画なのです。
中毒性のある偏愛性のつよい映画なのだからしょうがありません。
いやはや、麻薬のように面白い映画なんだな。

そんなことで、『アウトワン』は
観たからと言って簡単に言及できそうもないけれど、
機会があれば見に参じるといたしましょう。
それならばとここで『セリーヌとジュリーは舟で行く』について、
なんとかその偏愛ぶりの爪痕ぐらい書き記しておきたいと思います。
こちらもまあ骨が折れるんですが。

雑な言い方をすれば
リヴェット版『不思議な国のアリス』であるのですが、
それで、はいおしまい、というのはいかにも芸がない。
そもそも、ストーリーを事細かく書いたところで
その面白さを伝えることはできないような
ちょっとやそっとで扱える代物ではない不思議な映画、
ということを前提に話していくしかないところに
逆にこの映画の面白さがあると言えましょうか。

『とある魔術の禁書目録』(秘宝の魔術本)のある図書館に勤める
眼鏡をかけた娘“カミカゼ”と呼ばれる魔法少女ジュリーと
“マンドラゴラ”と呼ばれれる謎の女マジシャン、セリーヌが
それこそ『不思議の国のアリス』よろしく
手を変え品を変えて、観客を欺くように
いろんな小道具を駆使して、話をわざと複雑に交錯させながら
最後、物語としては毒殺されそうになる少女を救出する、という
いわば冒険譚であり、ミュージカルコメディであり、
まさにリヴェットワールド全開の問題作なのであります。

ちなみにカミカゼはいいとして、
マンドラゴラとは、神話などによくでてくる伝説の植物で、
人形の形(根っこがあしにみえる)をしているゆえに
(シュワンクマイエルなんかの作品にでてきそうだ)
引っこ抜くと叫び声をあげると言われ、
それを聴いたものが、狂って死んでしまうというそんな言い伝えまである。
古くは魔術や錬金術の原料として用いられてきた薬草なのですが
自分の記憶では、たしかあの澁澤龍彦が
『私のプリニウス』のなかでとりあげていたっけな。
まさに不思議の国ならではネーミングというわけです。

さて、話は「たいていの場合、物語はこんなふうに始まった~」
という字幕でスタートします。
まさにそうとしか言いようがないのですが・・・
そうして、几帳面に一日単位の物語が始まるのです。
きちんとした章わけがなされていて、そこもまた憎いところ。

まずは公園でジュリーが魔道書片手に
何やら魔法をかけるシーンから始まります。
そこに猫が横切るのがなんとも暗示的と言えましょう。
ここからの話を最後までは
到底うまく説明する自信はありませんけれど。
いやはやなんとも手強い映画ですが
といって身構えることはまったくありません。
それがなんだかわからくても
観ればじつに面白いのだから、リヴェットという人は天才的ですね。

キーワードは飴玉(ボンボン)。
ワープするための小道具として使われます。
飴玉を舐めることで物語が展開してゆく。
時空が変わってシーンがシャッフルされたり
人が入れ替わったりして、まさにゲーム感覚の映画なのです。
(もちろんデタラメではありません)
そして、そうした事象に象徴的に現れる猫の存在。
魔術的世界の夢先案内猫というべきか。

とにかく、最初に色々伏線が張り巡らされていて
このシーンはさっきのあれがあってこうなんだ、
そうすると、ああそうね、なんて
頭の中が自ずとシャッフル状態。
まさにバロウズのカットアップ手法みたいな映画、というべきか。
正直、なんども見直さないと判然としないシーンも結構あったりします。

セリーヌが落っことしたスカーフをたどって行きつくのは謎の館。
この謎の館というのが
じつは小さい頃のジュリーに関連しており
隣りに病気がちの少女が住んでいたという記憶につながったりして
その少女が毒殺されるのを救い出す、というストーリーに発展します。

目まぐるしく、しかも唐突に場面が変化して、
さっきまで看護婦だったジュリーとセリーヌが入れ替わったり、
それが一人二役だったり
途中、演劇チックな場面が挿入されていたりと
実に多層な構造になっているのです。
おまけに、違う人が電話をとることで事が複雑になったりするものだから
いやあ、解説者泣かせの映画、とはこのことです。

そもそもなぞの館ってなあに?
ということですが、一応、話の骨子はこの場をめぐって展開される
いわばキーになる場所です。
その館に出てくる人間たちがゾンビメイクで
過去の亡霊として現れたりして、そこは面白いのですが、
そこに再び忍び込むために二人は怪しい薬をつくって
途切れた記憶をよみがえらせようとしてたどり着いた館で
恐竜の子供の眼からつくった魔除けの指輪をはめ
プラス呪文をつかって無事少女を救出成功。
そうして最後ようやくタイトル通り
セリーヌとジュリーと助け出した少女が
公園の舟に乗ってパリの幻影風景をみながら
最初の公園シーンにもどる、というところでメデタシメデタシ。
最後には猫が再び登場しチュシャ猫よろしく事の次第を見届ける
そんな奇想天外ファンタジーは幕を下ろすのです。

ふ~う。
いやあ、疲れますねえ。
言葉にするとなにがなにやらわからないのだけれど
とにかく仕掛け満載の物語は
サイケでおしゃれなエンターテイメントが展開されるのです。

ちなみにパリの町並を縫うように
ロケーション撮影している映画で
当時の時代の空気感なども見ごたえがあります
そのあたりがいかにもヌーヴェル・ヴァーグ感が
あふれているゆえんでしょうか。

いやはや、もう一度劇場、
大きなスクリーンで再見したいところですね。
つぎにどこかでかかったら迷わず駆けつけたいと思います。
そんなわけで次に観たあとに感想を書いても
うまく書ける自信などどこにもないのですが
ぼくがこの映画にたいする並々ならぬ思いをもっていることだけは
何とか伝わってくれればそれでいいのであります。
最後は映画批評の神様、淀川センセイにご登場いただいて閉めさせていただきましょう。
リヴェットいう監督、頭おかしいですねえ、
でもとってもとっても面白い、実に面白い魔法のようなヘンな映画ですねえ。
みなさん、よかったら機会があればぜひご覧になってくださいねえ。
では、さよなら、さよなら、さよなら。

Brigitte Fontaine – Est… Folle – Il pleut

ジャック・リヴェットとブリジット・フォンテーヌの音楽って相性がいいと思うんだけどな。聴いているとリヴェットの映画が思い浮かぶし、逆に映画を見ているとフォンテーヌの音楽がどこからともなく頭の中で鳴る。まあ、こういうのを妄想というんだけれど、このフォンテーヌの3枚目のアルバム、1968年にサラヴァ・レーベルからリリースされた『Brigitte Fontaine est… folle』などは特にそういう匂いがする。

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