気になる叔母さんを偲んで

杉葉子 1928-2019

杉葉子という女優さんがいた。
数年前に亡くなったのを知っている。
何か書こうと考えてみたのだが、
残念ながら、この女優さんはちょっと地味すぎて
ヒロインとしてはほとんど印象がない。
原作石坂洋次郎、今井正監督の
『青い山脈』のヒロインというのが
もっとも輝かしい経歴ではあるが
それについて、書ける記憶がほぼない。
映画について思い入れがない以上、書く意味もない。
けれども、個人的に引っかかっているのは確かである。
というのも、成瀬巳喜男作品での杉葉子をみているからである。

調べてみると、『石中先生行状記』『めし』『夫婦』『山の音』『妻の心』
計五本に顔をだしているが、
いずれも脇役の域をでないものばかりである。
唯一『夫婦』という作品では
めずらしく彼女がヒロインになって描かれている。
作品としてはわるくはないのだが、やはり佳作である。
なにしろ『めし』で上原ー原の夫婦ものがあたったからというので
二匹目のどじょうを狙って企画された作品であり
予定されていたのが原節子で、
体調不良かなにかのアクシデントで
急にお鉢が回ってきたというのだから
さすがに上原謙のお相手は荷が重かったのかもしれない。
それでも映画自体は悪くはない。

そんな杉葉子であるが、実のところ映画ではなく、
昭和のドラマ『気になる嫁さん』で
ヒロインの叔母役として出演していたのが
もっとも印象にある配役である。
石立鉄男ユニオン映画の初期作品で
さすがにリアルタイムでの記憶はない。
せいぜい再放送の記憶を頼りにしなければ行き着かない。
手元にDVDがあるので、
じっくり、ゆっくり、いつでも昭和のドラマを見返すことができる。
実にノスタルジックな昭和の風景が満載だ。
あくまでも、ヒロインの叔母であり、
ここでもメインではないので、ドラマを通じて
杉葉子にスポットが当たることなどほぼないのであるが
このドラマを見ていれば、
要所要所に存在感を示す杉葉子の品性を拝見することができる。

というのは、このドラマが松竹映画で活躍していた
佐野周二が一家の長であり、
お手伝いさん(本編では婆やと呼ばれている)に浦辺粂子、
そしてこの杉葉子ということで
成瀬映画のエッセンスが端々に立ち上っているのがうれしい。
1972年、今から50年も前のテレビドラマだから、
今のテレビドラマと比べてある意味表現が奔放である。
セリフにせよ、演技にせよ、時代を反映した
古めかしい雰囲気がないわけではないが
ドラマとしては今尚斬新なものがある。

四男の嫁として、清水家に嫁ぐ花嫁めぐを巡って
弟に先を越された兄貴たちが俄然色めき立つ。
その上、その四男がアメリカ留学をする始末で
一人取り残される花嫁の周りに事件が起きないはずもない。
案の定、四男はアメリカで事故死する。
一度も夫婦生活を経ずに未亡人となる、そんな話だ。
さあ、残された嫁は事実上、赤の他人であり
いつまでもお手伝いとして嫁ぎ先にやっかいになっているのもへんである。
そこにドラマの設定としての面白さがある。
だが、この一家とのドタバタにおいて
叔母の杉葉子が唯一めぐの身内であり、
叔母が営む歯科医こそがいわば実家である。
そんな叔母さんを杉葉子が演じているだけで
ドラマになんとなく品が沸き立つ。
家と実家、その曖昧な境界線上に起こる
数々の日常のドラマが今見てもとても面白い。

また折を見てこのドラマにも触れてみたいのだが、
ちなみに、一番面白かったのが27話の「ただ今撮影中!」の回で
今は、テレビでも映画でも、舞台裏を見せることはあるし、
擬似フィクションは珍しくもないが、
この回では、ドラマ途中にもかかわらず、
舞台裏を全て見せてしまう、という大胆な演出をとった。
榊原るみはこのドラマのヒロインで、
役柄とは違って、普段はさばさばしている様をみせて笑っている。
石立鉄男以下の俳優が、スタジオに入るときから、帰るまで
撮影セットやスッタフ、裏方さんの内情を見せるのである。
俳優たちが素性を見せながら、本音をちらつかせながら
ドラマってこうやって作られるんだ、と
当時、お茶の間で直に見ていた人たちはきっと驚いたはずだ。
わけがわからない人もいたかもしれない。
ネタがなかったわけでもないだろうから、
こうした斬新な演出を試みるあたり
このシリーズのなかでも、画期的な作品だったと思うな。

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