ルイス・ブニュエルの『昼顔』をめぐって

昼顔か薔薇か、エロスと快楽のせめぎ合い

完璧な美女、かどうかまではわからないが
フランスを代表する女優カトリーヌ・ドヌーブが
いわゆる美女であることになんら異議を唱えるつもりはない。
とりわけ、若いころの彼女の美貌は、世の男性諸氏を大いに悩ませたのではなかろうか。
多分にもれず、手の早いロジェ・ヴァディムや
あのちょいワルなマストロヤンニの手が伸びているのをみても
それはもはや、動物的自然な摂理なのだろう。

匂い立つ美人とは、彼女のような女優をして形容する言葉なのだろうか。
どちらかといえば、我が好みは薄幸の美女
姉のフランソワーズ・ドルレアックの方とはいえ、
カトリーヌにしてみたところで、けして嫌いな女優ではない。
いや、むしろ、若き日のカトリーヌの美貌を前に
素通りできる自信などこれっぽちもないし、
女優としてのすごさも体感済みである。
まして、『シェルブールの雨傘』でみた彼女の初々しい眩しさは
まさに美女たる美女として
長年映画界を彩ってきた序章として記憶している。

そんな彼女の女優としての最高傑作は何だろうか？
ふと思い巡らせてみると個人的な趣味からして見れば
やはりポランスキーの『反撥』か、
あるいはブニュエルの『昼顔』『哀しみのトリスターナ』か？
はたまたトリュフォーの『終電車』も忘れがたい。
そのあたりのことを考え始める。
すなわち当然ドヌーブの魅力に行き当たるのだ。

最近またブニュエルがにわかに個人的に気になり始めているのだが、
はて、第何次ブニュエルブーム到来だろうか？
事あるごとに作品を見直してはいるがやはり、面白いのだ。
その流れでまさにブニュエルマジックである『昼顔』を
これまた何十年ぶりかで再見したところ、
カトリーヌの魅力を再発見させられるのだ。
こんな美女が事もあろうに諸々賤しめを受けている。
いわゆる汚れ役だ。
そんなブニュエル作品が面白くないわけがないし、
単なる耽美なフランス映画に収まるわけもない。

ちなみに、ブニュエル好きな澁澤先生にいわせれば
凡庸な作品、と一刀両断だが、
個人的には、それほど悪い作品だとは思っていない。
あのドヌーブが、昼と夜の二つの顔をもち
訳ありの娼婦を演じてこそ、映画は映画としての快楽に
艶が出るのは当然である。
むしろ、アクの強いブニュエル作品からすればソフトなほうかもしれない。
そんなカトリーヌ・ドヌーブの美しさを見せられるに
十分すぎるほどそそられる作品である。
男なら、一度でいいからこんな女とベッドをともにしてみたい
と考えるのも無理もないところか。

『昼顔』では、まさにそんなドヌーブの艶を
単なるエロティシズム以上のものとして漂わせている。
美しい肉体と品のある眼差し、そしてモード。
この時ドヌーブ24歳。
すでにロジェ・ヴァディムとの恋、そして出産、
そして姉フランソワーズの死を実生活で受け止めながら、
まさに女としての艶が開花してゆくドヌーブは
すでにこの映画的な官能のムードを
ナチュラルに作り上げているのは素晴らしい。

貞操の裏返しとして
冒頭から妄想による女の妖しい欲望が挿入される。
引き摺り回され、木に縛られ鞭打たれ凌辱され
豚小屋では泥をパイ投げのように顔に浴びせられ
人妻セヴリーヌのマゾヒズムが
眩しい肢体を欲望へと向かわせる導線なのだが、
パリで秘密裏に経営される売春宿に自ら出向いて
客をとるようになる、
その時の源氏名が「昼顔」BELLE DE JOUR。
何ともしゃれている。
さすがはジェゼフ・ベッケルの文学作品だけのことはある。

ちなみにカトリーヌ・ドヌーヴという品種の薔薇があるのをご存知だろうか？
まさにそのものズバリ、という感じはするが
映画では薔薇風では面白くも何ともない。
まさに真昼の美女という響き通りの娼婦を演じてこそ
初めて立ち上るエロスである。

ミシェル・ピコリやピエール・クレマンティという
これまた自分好みの曲者フランス俳優たちの好演と相まって
カトリーヌ・ドヌーブの色香に翻弄されながも
実はコメディなのでは？　と時折思わせる演出とともに、
この『昼顔』のドヌーブをひたすら観ていたい欲望にかられる。
とりわけ、金歯だらけのいかにも危険な香りのする男
ピエール・クレマンティ演じるマルセルとの絡みには
ゾクゾクさせられる。
ちなみに翌年にはミシェル・ドヴィル『めざめ』では
同じキャストでクレマンティの魅力が全開の作品が製作されている。

『昼顔』では容易な淫靡になびくこともなく
あくまでも品を保ちつつも
女としての屈辱とためらいと快楽を滲ませながら
あたかもマグリットの絵のように
昼と夜を共存させる美女を見事に演じきっている
さすがはドヌーブ。
鬼才ブニュエルの元で、彼女の魅力が遺憾無く発揮され
花開いた作品ではなかろうか。