グレタ・ガルボスタイル『ニノチカ』の場合

NINOTCHIKA 1939 ERNST LUBICH
NINOTCHIKA 1939 ERNST LUBICH

絶世の美女、ガルボのツンデレ地帯の雪解けを見届けよう

宮沢賢治の「やまなし」という短編童話に、
「クラムボンは笑ったよ」というフレーズが出てくる。
童心ながらに刻まれた記憶はいまだ忘れずにあるのだが、
おとなになってひさしく忘れていたのは
それから16年たったハリウッドで躍ったコピー、
「GARBO LAUGHS」のことで、
(はじめてトーキの『アンナ・クリスティ』に出演した際のキャッチ
「GARBO TALKS」をもじったとされる)
つまり、“ガルボが笑ったよ”ってな話について書いてみよう。

元祖ツンデレ女優?と言うべきか、
伝説のハリウッド女優であるあのグレタ・ガルボが笑ったのである。
「私は一人でいたい。ただ一人でいたいだけ」という
『グランド・ホテル』での名台詞に要約されるように
生涯人間嫌いで通ったこの伝説の女優が、
労働階級者たちが集うレストランで、
メルヴィン・ダグラス演じる色男、
ダルグー伯爵の涙ぐましいまでに気を惹こうとくりひろげる小噺を前に
それまでのツンデレ冷淡から一転、
いわば相手の思わぬずっこけぶりに、労働者たちの目も気にせず
堰を切ったかのように大いに笑い転げるシーンが
なんととも感動的で大好きなシーンだ。

そんな印象的なシーンがあるだけで十分に特筆にあたいすべき映画が
エルンスト・ルビッチの『ニノチカ』である。
美しさだけでいうならば、デヴュー三作目にして、
MGMのトップスターとしてかっこたる地位を築いたとされる
クランレス・ブラウンによるサイレント映画『肉体の悪魔』での
美女フェリシタスが一番手かと思っているのだが
(なにしろ若干二十一歳のまぶしいばかりのガルボが拝める)
対してこのニノチカのツンデレぶり崩壊の前には
女だって所詮だって愛嬌なのさ、
などという単純明快さをもって
おもわずニンマリさせられたものだった。

それしてもルビッチは映画の天才だと思う。
この映画における成功は
なんといってもその洒脱なセリフにも表れている。
脚本にはルビッチを師とあおいだビリー・ワイルダーの名ものぞく。
軽妙なタッチのコメディながら、
ガルボという女優のパブリックイメージから
冷淡さを拭い去ったと同時に
共産主義をかかげる理念の崩壊を重ね合わせてみせた
匠の術がいかんなく発揮されている。

それにしてもロシアからの刺客はじつにお堅い。
お堅いがゆえに、その堅さがほぐれ
緩和したときのギャップがえもいわれず、おかしいのだ。
いくらモードの都パリとはいえ
「あんな帽子を女にかぶせる文明は滅びる」などといっておきながら
そのへんてこりんな帽子をかぶってひとりごちるガルボは
あまりにも純朴すぎて乙女のようにかわいい。

そんな乙女のようにかわいい
ツンデれ女に魅入られてしまった男の口から洩れるセリフ
「真夜中だよ。2つの針が重なりキスをする。素敵だろ?」
「パリではこの時間はみんな愛を囁いているんだ!」
そんなせっかくの洒落た口説き文句に
「長針と短針が重なっているだけでしょう」とそっけなく返す女が
あたかも共産ロシアの限界を露呈し
雪解けしてゆくように自由主義社会の空気にそまって
恋に落ちるというロマンチックな展開がまっている。

ガルボが笑うことは
すなわち共産主義理念の崩壊という側面を
暗に示唆していることには触れたが、
いわば資本主義社会からみた共産国家ソビエトの
ばかばかしさを揶揄するプロパガンダ映画でありながら
小難しさ、説教臭ささのかけらもない
洒脱で軽妙なコメディに、あのガルボの魅力が
最大限に活かされているところに、映画的感動がある。

この映画が公開されたわずか二年後1941年
ガルボはまだ35歳の若さで銀幕を引退。
以後、謎をひめた伝説の隠遁生活へとひきこもってしまう。
再びこの美女を心底笑わせる人間が
いたのかいなかったかのは定かではないが
映画史にとっては、かえすがえす不幸な運命であった。

DIVINE :Tuxedomoon

その昔、大好きだったクレプスキュールというベルギーのレーベルに、
タキシードムーンというバンドがあって、良く聴いていた。
立ち上げメンバーの中国系アメリカ人
ウィンストン・トンはすでに脱退しているが
バンドはいまだ活躍中だというから、うれしいものである。
そのなかで「ニノチカ」という曲があったのを思い出した。
探して聴いてみると、実験的だが面白い曲である。
しかし、これがアメリカのバンドだったとは思わなかった。
実家に確かレコードがあったと思うが、
ジャケットはおそらくガルボの絵だか
写真が使われていた気がしたが錯覚か。
アルバムはおそらくモーリス・ベジャールによるバレエ
『ガルボの幻想』のためのサントラではなかったろうか。
なので、このルビッチの「ニノチカ」からとられていることは間違いない。
この他、アルバムには「マタハリ」や「グランドホテル」といった曲もある。
ガルボファンにはたまらないアルバムになっている。

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