笠智衆

秋刀魚の味 1962 小津安二郎映画・俳優

小津安二郎『秋刀魚の味』をめぐって

そんな『秋刀魚の味』は、見方を変えればほんのり苦い。 そしてそれこそが、小津が教えてくれた、人生の味そのものなのだ。 娘を嫁がせて、式服のまま 守るも攻むるも鋼鐵の〜と軍艦マーチを口ずさみながら ひとりちゃぶ台でこっくりこっくり船を漕ぐ父親。 そこからの空ショット、階段、そして娘のいない部屋へ 最後はやかんからコップに水を入れゴクリ。 うなだれた姿の哀愁で映画は終わる。 失ったものと、まだ手元にあるものと、 そして、これから失うであろうものすべてを、 静かに愛おしむことができる余韻が広がっている。

東京物語 1953 小津安二郎映画・俳優

小津安二郎『東京物語』をめぐって

何に対してなのか、わからない感情。 それはおそらく孤独を味わったことのあるものへの 共感なのかもしれない。 あるいは、物語に入れ込むことによるまなざしの同化であろうか、 失われたもの、失われつつあるものへの孤独な眼差し。 ひとりで生きてゆくことの厳格なたたずみに伏した涙を そこでそっと胸にしまいなおす行為の美しさ。 ぼくは久しぶりに味わった新たな『東京物語』の哀愁の前に 自分が失ってきたものの幻影を重ねているのだろうか?