ハル・ウイルナーを偲んで
そこを逝くのはハルじゃないか 一年前の今頃のことだ。思いもかけないコロナ被害者の訃報に目が留まってしまった。ハル・ウイルナーと云う名物プロデューサーのことである。4月5日生まれで、4月7日没。文字通りのMrエイプリルマン...
そこを逝くのはハルじゃないか 一年前の今頃のことだ。思いもかけないコロナ被害者の訃報に目が留まってしまった。ハル・ウイルナーと云う名物プロデューサーのことである。4月5日生まれで、4月7日没。文字通りのMrエイプリルマン...
最初なんと発音するのかさえあやふやでね... マドレーヌ・ペイルー?なんて思ってたほどだ。 お菓子じゃないっつーのよねえ。 今はちゃんといえますよ、マデリン・ペルーさん。 最近じゃ随分貫禄がでちまったみたいだけど、 この人の醸すムード、いいですよね。 おおらかというか、地に足がついた大物感がね。 でもじっくり聞かないと、気付かないかもしれない、 それぐらいナチュラルだから。
で、植草先生の偉いことばを思い出した。 「モダンジャズは皮膚芸術」ってこと。 つまり、モンクがわからないというのは その人とはたんに肌が合わなかったと言うべきなのよね。 おあとがよろしいようで。
あぶらだこ、あぶらだこ。 あたかも、アブラカタブラのごとく、 周期的に呪文を唱える自分がいるのだ。 あぶらだこ、あぶらだこ。 わたしを自由にしておくれ。 あぶらだこ、あぶらだこ。 ぼくを元気にしておくれ。 思わずそう叫びたくなるような、精神の不安定なときには、 ただあぶらだこにすがるのみである。
今日の音楽シーンにおいても、 ミニマル的な構築ってもんが かなり顕著にコアになってたりしてますからねえ。 えっ、いきなり音楽の話題じゃまずいっすか? 熱燗も、まさにあの量、あの形状、あの風情あってのもの。 そういうの、ミニマル嗜好といってもいいんじゃないんすか。 お銚子ものには、ちょうどいいってな具合すよ。 あれもこれもっていう欲張りは ちっとも粋ってもんを生みだしませんから。
そんな中で、ひときわ個性的、 というかワンアンドオンリーなギタリストの話をしよう。 その名もビル・フリーゼル。 僕はこのギタリストがあらゆるギター弾きの中で もっとも好きなプレーヤーとして 今尚敬愛し続ける現役の音楽家だ。
ぼくは、ホルガーのソロから入って、カンを聴くようになった口で カンの偉大さそのものも理解しているが、 なんといっても、「Persian Love」を聴いて この音の錬金術に魅了されてしまったホルガーファンであった。 そして、そのホルガーの右腕でもあったエンジニアのコニー・プランクとともに 当時、もっともリスペクトしていたミュージシャンの一人であった。
『ラスト・ワルツ』には良き時代のアメリカンミュージックと ザ・バンドの集大成が、宝石にようにつまっているのだが、 やはり、ザ・バンドは五人揃ってこそのバンドなんだ ってことを再確認するのである。
実際に、人気絶頂時に白血病という 重病に苛まれたクリスを看護するために 彼女はバンド解散の道を選ぶような情動を持った人だ。 そんなデビーのカッコいい姉御っぷりを本能的に嗅ぎ分けて 親しみを感じていたんだと思う。
ただ一つだけ、触手が動くことだけを言うと 曲の良さとコーラスワークが 自分の中ではビートルズ嗜好の入り口であり、 いまだ、ずっとひっかかっているということだ。 その関係を音楽的に語ろう、というのでもない。 ただ、そのハーモニーを聞いているだけで ワクワクさせられるということが書きたいだけである。 それらは一括りになって魅力を構成しているように思う。