ハル・ウイルナーを偲んで

Hal Willner 1956 - 2020
Hal Willner 1956 - 2020

そこを逝くのはハルじゃないか

一年前の今頃のことだ。
思いもかけないコロナ被害者の訃報に目が留まってしまった。
ハル・ウイルナーと云う名物プロデューサーのことである。
五日生まれで、七日没。
文字通りのMeエイプリル、享年64歳。
一連のコロナ騒動で初めて動揺した、
などといえば少々大袈裟に響くかもしれないが
実に惜しい人物の訃報に、
なんともいえない脱力感を覚えたものだった。

春が来てハルが逝く、そんなことで
この現実をわざわざ茶かしたくはないが、
ハルのような真の音楽愛好家、
いわゆる本物の目利きの存在こそは、
わが嗜好のガイドであり、心の指針でもあったのだ。
この損失に、ポッカリと穴が空いた。
コロナ憎しである。
あれから一年、世の中はいまだ混乱が続いている。
だが、いつまでもじっとしていられない。
このへんで、ハルへの追悼を経て前へ進みたい。

まあ、名物プロデューサーと一言で言ったところで、知る人ぞ知る人であり、
知ってる人は、かなりコアな音楽ファンであるには違いない。
世に送り出したアルバムも、いうほどに多くはない。
「サタデー・ナイト・ライブ」という番組で
長年音楽プロデューサーとしての顔をもち
その博学と幅広い人脈で、数々の奇跡的なプロジェクトを成し遂げてきた人物だ。
そんな彼が関わったほとんどのアルバムを
ほぼリアルタイムで楽しみに聴いてきた。
何と言っても個性的で刺激的な企画ばかりで、
こちらの興味がかきたてられぬわけがなかった。

多くの追悼の言葉が寄せられ、
ミュージシャンたちからの人望も篤いのがうかがい知れる。
その面子もまたすこぶるアクの強い、個性的なミュージシャン揃いだ。
トム・ウエイツ、マリアンヌ・フェイスフル、
三宅純、ビル・フリーゼル。そしてルー・リード。
とにかく実にジャンルレスを誇り、自在すぎる。
まさに好きなことにのみに耳が向かう典型的なタイプの音楽人だが、
膨大な宇宙から、的確にあれとこれを結びつけうる天才ぶりをみれば
その才能は一目瞭然で、
残された音源が生前のハルの功績を如実に物語っている。

初めて出会ったアルバムはニーノ・ロータトリュビュート『AMARCORDあ』
まだレコード盤を追いかけていた頃だ。
ラジオで耳にしたか、雑誌での紹介を目にしたか、
はたまたレコード店で偶然目に止まったか、
今となっては定かではないのだが
このアルバムには心底痺れたものである。
何しろ、もともとフェリーニの映画が大好きだったし
ジャケットが秀逸で、長い間、ポスター代わりに
そのレコードを壁に飾っていたものだが、
その後、レコードをすりれるほど聴いた後、CDも手に入れた。
それぐらい大好きなアルバムだった。

フェリーニといえば、ニーノ・ロータ。
ニーノ・ロータといえばフェリーニ。
この関係は切っても切り離せない関係だが、
そこへこのハル・ウイルナーがなんとも絶妙なタイミングで入り込んできたのである。
ジャッキー・バイヤードのソロピアノで始まる
「アマルコルド」からして素晴らしい。
ロータとは一味違うのだ。
ラグライムブルースの香りがした。
この人はミンガスと組んだ録音を数多く残しているジャズメンで
実に多彩な経歴をもっている。
そしてカーラ・ブレイの「8 1/2」 での見事なオーケストラレーションアレンジ。
「甘い生活」では、なんとあのデボラ・ハリーの甘いスキャットが絡み、
「魂のジュリエッタ」は、天才ビルフリーゼルの、
なんともいえぬあの浮遊感にみちたエキゾチックなナンバーとして仕上がっている。
「フェリーニのローマ」では、スティーブ・レイシーのソプラノサックスが孤高に響く。

ハルの場合は、企画モノとはべつに
ソロアーティストのプロデュースも手がけている。
たとえばマリアンヌ・フェイスフルや、デヴィッド・サンボーン、
三宅純などがそのマジックによって、アルバムに華がそえられている。
おそらく、関わったすべてのミュージシャンたちを虜にする
魔法のようなものがあるのだろう。
どのアルバムの、どの曲がいい、なんてことは
まあ、この際無視して、やはり、アルバムの雰囲気や
そのプロジェクトの成り立ちなんかをじっくり読み深めながら
いまとなっては、そんなハルの世界を味わうことしかできない。
そこから立ち上がってくるファンタジーに、
まるで架空の音楽祭のように、食指が動かされずにはいられない。

おそらく、生きていたら、もっともっと面白い企画に出会えたに違いない。
これはぼくの単なる空想だけど、たとえば我らが音楽王、
細野晴臣なんかのトリビュートをハルがやったらどうなるんだろうか?
これをハルのプロジェクトに欠かせない重要人物ビル・フリーゼルを中心に、
個性あふれるジャズとポップミュージックを越境するミュージシャンたちの共演で
聴けたら最高なんだけどな・・・
なんてひそかに空想しているところである。
想像するだけでワクワクしてくる。
もちろん、そのときは矢野顕子やYMOのメンツもはいってるだろうな。

ぼくが聴いてきたハルをめぐるアルバム10選

Amarcord Nino Rota  1981

このアルバムの素晴らしさについては本文ですでに言及した。
とにかく、ハル・ウイルナー初心者にはまずはここから入って欲しい。
で、実際にオリジナルのニーノロータのスコアと比べてみると面白い。
そのカラーの違いに驚くと思うな。

THAT’S THE WAY I FEEL NOW A TRIBUTE TO THELONIOUS MONK 1984

ニーノ・ロータの次はモンクに挑戦。
レコードは2枚組23曲に対して、CDの方は16曲。何だろうな、この差。
いずれにしても廃盤だから、完全版で再発してほしいところだが、
ぼくはCDでしか聞いたことはなかったけど、
残りの曲もすべて聞いたけど、これもなかなか面白い。
基本ジャズメン中心だけど、ところどころにロック畑のひとを呼び込んで、
いいメンツをそろえている。
ドナルド・フェイゲン、トッド・ラングレン、ピーター・フランプトンなど。
ALTO以外のすべての演奏をひとりでやっているトッドの「Four In One」とか
Drジョンによる「 Blue Monk」なんて、実にいい味を出しているな。
それにしても、ジョン・ゾーン節健在の「Shuffle Boil」とか聴いていると、
ジョンが自由すぎるのか、それともモンクの曲がそうさせるのか、わからなくなってくる。
いずれにしても、さすがハルの目の付け所は鋭いのだ。

Music of Kurt Weill 1985

で、次はクルト・ヴァイル。
クルト・ヴァイルの音楽に影響を受けたロックミュージシャンは多いが
ここではスティング、ヴァン・ダイク・パークスにトム・ウエイツ、
ジョン・ゾーン、チャーリー・ヘイデンまで、人選もさることながら
ヴァイルアレンジがなかなかおもしろい。
なかでもジョン・ゾーンの「Der kleine Leutnant des lieben Gottes」の
キテレツながらすてきなアバンポップなアレンジは最高だ。
また、チャーリー・ヘイデンのベースがフィーチャーされた「SPEAK LOW」の美しさとか、
あるいは、ルー・リードの「セプテンバーソング」が眩しいぐらいに生き生きしていて
実にバラエティに飛んだ構成になっている。
さすが、ヴァイル、さすがハル。

Stay Awake: Various Interpretations of Music from Vintage Disney Films 1988

さて、他の企画モノのとは一転、今度はディズニー音楽へ挑戦。
ここじゃ、なんといってもトム・ウエイツの「HiHO」が最高だな。
あどけない子供たちが聴いたら、きっとびっくりして泣き出すんじゃなかろうか。
それでも、ボニー・レイットとドン・ウォズの「Baby Mine」 なんかは最高にロマンチックだし
アーロンの「Mickey Mouse March」にはほんわかする。
スザンヌ・ヴェガの「The Darkness Sheds Its Veil」は子守唄にはなるだろう。
だがどうだろう、「Technicolor Pachyderms」にサン・ラの名前があるぞ。
 Sun Ra And The Arkestra & ハリー・ニルソンによる演奏は、
ま、トムほどじゃないか・・・むしろ楽しい演奏で、これなら子供達も大喜びじゃない?
最後はリンゴ・スターの「星に願いを」で綺麗に締めくくるってわけね。
そんなわけでこのアルバムも期待を裏切りませんね。

Weird Nightmare: Meditation on Mingus 1993

ハルって、相当フェリーニの『アマルコルド』への思いが強いのか、
ここでもジャケット写真はその『アマルコルド』からのものが使用されている。
あいかわらず、人選が面白いが、このアルバムで最も注目すべき音は
なんといっても、ハリー・パーチの創作楽器ではないだろうか。
ところどころ、アクセントとして、効果を発揮している。
手作りの楽器で、近代西洋音階を否定する43微分音階なる
独自の音律理論を展開した現代音楽家として知られる人物である。
そんな変わり種を、ミンガスにぶつけてくるのはハルぐらいだろう。
実に面白いアルバムに仕上がっている。
ストーンズからは、キース・リチャードとチャーリー・ワッツ、
はたまた、ロビー・ロバートソンやレナード・コーエンをがミンガスの自伝を読み上げ、
パブリック・エナミーのチャックDがラップでそれを重ねる。
そして、ハルの企画に欠かせないビル・フリーゼルが中心となって、
ミンガスの骨太の音を演奏してゆくというアルバムだ。
また、ミンガス・フリークで知られるキンクスのレイ・デイヴィス自らが監督した
’91年のドキュメンタリー 『Weird Nightmare – A Musical Tribute to Charles Mingus』
を合わせてみることで、このベースの巨人についてのアウトラインがうかびあがってくる。
ミンガスファンにはたまらない。

Whoops I’m an Indian 1998

これはあまり知られていないのがもったいないくらい、面白いアルバムだ。
実験的だけどどこかポップなサンプリング&サウンドコラージュで、
いかにもオタクって感じの音作りがなされている。
これを聞くと、企画モノばかりじゃなく、この路線ももっと聴きたかったなって思う。
ハルの嗜好に沿ったアルバムもいろいろ期待できそうなのだが
いかんせん、その夢はたたれてしまった。
返す返すも惜しい人だな。

BLAZING AWAY:Marianne Faithfull 1990

すでに『STRANGE WEATHER』の素晴らしさについては
これまで何度も取り上げてきたので、
ここではライブ盤『BLAZING AWAY』の方をとりあげときましょう。
ヘロイン中毒から立ち直ったマリアンヌに手を差し伸べたばかりではなく
彼女の曲に新たな可能性を吹き込んだのがこのハルで
このライブアルバムでひとまず、彼女のリハビリは終了というわけか。
参加メンバーは『STRANGE WEATHER』とかぶるが、
ビルのかわりにギターでマーク・リボーが参加。
で、長年マリアンヌを支えてきたギターのバリー・レイノルドと
ベースのヘルナンド・サンダースが全面的にサポートし、
ハルとの共同プロデュースでアルバムをきっちり仕上げている。
マリアンヌの歌は、悲しみや苦しみからの開放を力強く宣言するかのように
リスナーの心にリアルに迫ってくるものがあるんだな。
で、マリアンヌもコロナに感染したようだが、無事帰還。
ここでもハルの後押しがあったのかもしれないね。

Another Hand:David Sanborn 1991

普段、フュージョンと呼ばれるジャンルの音楽を進んで聴かないけれど
パーカー譲りのバッパーたるデヴィッド・サンボーンのことは
その辺のフュージョンサックス奏者とは思っていないこともあって、抵抗感は全くもってない。
ボウイやイーグルスやストーンズのアルバムでも聴いてきたし、
なによりも、サウンドがとってもクールだ。
スティーリー・ダンがジャズを演奏するような軽快さがある。
でも、このアルバムが好きなのは、やっぱりビル・フリーゼル以下のメンツが、
よく聴いている音だったからという、馴染みの感覚が大きいのかもしれない。
やっぱり、他のソロとは雰囲気が違っているのだ。
ルーの名曲「JESUS」にぐっとくる。

星ノ玉ノ緒:三宅純 1993

今じゃ世界をまたにかける日本人アーティストの巨匠的存在の人になっているけど
最初にこの人の音楽に出会ったのは、ちょーどCM音楽中心に活動をやっていたころだ。
で、このアルバムに最初出会った時はショックを受けた。
そのとき、ライナーに書かれれていたハル・ウイルナーの言葉がとても心に残っている。
三宅純からの熱烈オファーを受け、
「地球上を行き交うほとんど全てのタイプの音楽が、実に調和のとれた形で、たった一人のアーティストによって演じられていたのだ! 彼は私が出会った誰よりもあらゆる音楽言語に通じ、それを操る才能を持ち、さらには狂気をも介在させていた。この男と仕事がしてみたい」そう言わしめた。
やはり、わかる人にはわかる、それが音楽言語の深いところだ。
このアルバムはまさに、ハルが企画でやっていることの個人版というか、
まさに豊かなハイブリッドミュージックが詰まっているのだ。

WEST:Lucinda Williams 2008

大好きな女性シンガー、ルシンダ姐さんのアルバム。
カントリーよりは、どちらかというとロック色のほうが強い。
ジム・ケルトナーのロックドラムを久しぶりに聴いた気がする。
とくに、ハルの個性がゴリ押しされているわけではないけど
ハル自身はサーンテーブルやサンプラーで参加していて
ところどころで、巧みに仕掛けをいれている。
それによってルシンダの新しい一面が発揮されているんじゃないかな。
実に、洗練された味付けで、よく彼女の世界をうまく引き出している作品だ。
ここにもビル・フリーゼルがフィクサー的に参加していて、
アクセントをつけている。
やっぱり、すごい人だな。

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