ブライアン・イーノに寄せて

Brian Eno 1948
Brian Eno 1948

えーの、えーの、それでえーの。元祖宅録文化の元祖イーノ教入信

I’m set free to find a new illusion
新たな幻影を見つけるために私は自由になる

「I’m Set Free」Lou  Reed

音楽が、今のようにダウンロード配信でも
また、ストリーミングでもなく、
そう、CDすらもなかった時代に、
僕ら、音楽に魅せられたサウンドエイジたちは、
SONYだのMAXELLだのTDKだののカセットテープを、
それこそパックでまるごと買ってきて、
レコードなりラジオから流れてくる音楽を、
その時間分に合わせて、
できるだけ無駄がないように工夫しながら録音に精を出し
それを再びラジカセやらウォークマンで
再生して喜んでいたものでした。

当然、テープだから聴きすぎればすり切れるし、
暑すぎればだらり伸びてしまうわけなのよネ。
いやあ、それからの時代の変遷ったら
凄まじいものがありまするなあ・・・
メディア自体、MD、ADAT、CDR、DVD
ダウンロード、ストリーミングまで、
なんとも目覚ましき進化だと思いまする。

わたくし、単に一音楽ファンでもあったのだけど、
同時に宅録少年でもありまして。
当然宅録といっても、デジタル以前の4chのレコーダーで、
ピンポン録音という手法をとっておりましたっけね。

まずはハードとして揃えたのは、
フォステックスの4chマルチトラック・レコーダーなるもので
メタルテープへ多重録音を日々繰り返しておりました。
トリガーなどで同期させてのピンポン録音が
実に楽しゅうございましたなあ。
その後にMIDIという同期ものが出てきたのですが、
それまではマルチトラックレコーダーに
トリガーでの信号を記録するスタイルで凌いでおりましたっけ。

これはその当時、
元プラスティックスやメロンというバンドで活躍した
中西利夫が発行していたカセットマガジン「TRA」なるメディアにて
推奨されていたプラットフォームだからで、
迷わず、こづかいを貯め、投入したものでした。
その前には、すでに安いベースとアンプぐらいは買い揃えており、
バンドを夢みて、ひとり部屋でレコードに合わせ
練習に明け暮れる日々が続いておりましたが、
それだけでは飽き足らず、楽器屋へ足繁く通いつめ
コルグやらローランドのシンセ、サンプラーなどを次々に買い込み
何を勘違いしたか、曲作りなどを始めるに至り、
といっても、音楽的素養はズブの素人もいいところで、
音楽的な知識さえままならず、
何しろ楽譜など読めない音楽音痴。
いわば、オツムにはオタマジャクシのいる池か何かのごとくの
トンチンカンぶりで、
はて、どうやって曲なんぞ作るのか、ってなありさま。
頼るものは耳しかない、そんな時代ですよ。

いやあ、これを身の程知らずと言わずして、
何が身の程知らずか、というなかで、
ある日、見知らぬ“後光”が差してきたのです。

楽器なんて出来なくても音楽なんてものは作れるんだよ

このお言葉がいかに有難いものだったか。
それはまさに神の啓示ともいうべきものでありました。
これこそは、麗しき麗人から俗世の緑世界を開拓した、
ブライアン・イーノ大教祖様その人の声だったのです。

スタジオそのものを楽器として捉える
そういったプロセスの画期的な黎明期がここにあるのです。
実際に、イーノはその信念から今日まで至っており、
言わずと知れたポップミュージック〜実験音楽(環境音楽)界の
パイオニア、カリスマなのですから。

元はというと、イギリスのアートスクール出身の、
奇抜なグラムロック的なケバい麗人として、
ロキシーミュージック初期メンバーに名を連ねたあと、
一転、環境音楽の父と呼ばれ、
それと並行して、ミュージシャンズミュージシャンとして、
カリスマプロデューサーとして、
ボウイからトーキング・ヘッズ、ディーボ、U2、
近年ではコールドプレイなどに至るまで
引っ張りだこのプロデュース業に勤しんではいたものの、
なんと言っても実験的ポップの開祖として
輝かしい歴史を作って来た人物なのです。

その成果は、アンビエントシリーズ以前の
各ソロアルバムにしっかりと刻印されているので、
今聞いてもなかなか刺激的なのですが、
いわゆる参加ミュージシャンたちのメンツが凄すぎて、
いわゆるオタクによるオタク的な作品には
到底思えない仕上がりになっているから、
自分が試みていた宅録と同じ目線で語っていいのか、
そこはなんとも言えませんけれど、
イーノ先生なくして、わたくしの宅録生活はなかったのです。

単に宅録少年のバイブルとして考えるとしたら、
リチャード・D・ジェームスこと、
 Aphex Twinあたりの方が最適なのかもしれませんね。
が、ここでは方法論のことを重要視して、
この歴史的な作品『Another Green World』の価値を検証してみましょう。
その前後『Taking Tiger Mountain』や『Before and After Science』も
確かに素晴らしいのですが、
多くのミュージシャンたちに多大な影響を与えたという意味では、
この『Another Green World』は真っ先に挙げられるべき名盤です。
これが半世紀も前の作品だというだけで驚いてしまいますが、
音質や機材の進歩がいくらめざましく進化したとて、
非ミュージシャンが作り上げたものとは思えない、
確固たる豊穣なる音のつづれ織りが刻印されており、
それをひたすら聴き続けての今日があり、
元宅録少年には、今尚新鮮かつ、永遠の音のバイブルであります。

驚異のテクニシャンでジャズロックバンドブランドXのリズム隊、
フィル・コリンズとパーシー・ジョーンズによる
絶妙のコンビネーションが飾る一曲目の『SKY SAW』で
このイーノのスネークギター(こういう命名もいいんだよね)が絡むという、
いきなりのびっくり箱に始まり、
A面最後を飾るのは、盟友ロバート・フリップのフリパトロニックスが眩しい、
イーノ流のロマンチックなポップソング『I’ll Come Running』。
(こうしたヘタウマなボーカルも実に味があったのです)

後半は、のちに確立するアンビエントへの序章となる展開で、
このアルバムはイーノ自身にとっても、
転換期となったのはいうまでもありません。
終曲『Spirits Drifting』などは
明らかに以後の『Music for Airports』に始まる
一連のアンビエントの流れに続いてゆくものです。

このほか、このアルバムが面白いのは
ピーター・シュミットが考案した、
あらかじめ、様々なメッセージカードを
レコーディングのプロセスに組み込んだことでしょう。
通称、オブリーク・ストラテジーズ(Oblique Strategies)
と呼ばれるこの魔法のカードで、

Honour thy error as a hidden intention.
「誤りを隠された意図として賞賛するべし」

Oblique Strategies

というような一説が書かれたカードを引いた際に、
サウンドメイキングにヒントとして活用するわけですね。
もっとも、イメージ力の喚起といったものに過ぎないのですが
テクニカル的な発想ではなく、
発想の手助けとして音を多面的に捉える
イーノならではのレコーディングプロセスだと言えるのではないでしょうか。
そんな遊び心もレコーディング要素に組み入れる姿勢こそ、
ブライアン・イーノたる功績でありましょう。
これはボウイとのベルリン三部作やコールドプレイとの
レコーディングにも活用されたそうです。

それらはアートスクール出身のイーノらしい発想ですが、
その他、ビデオ作品やヴィジュアル作品、
「Windows 95」の起動音「The Microsoft Sound」を手がけたりと、
その活動は音楽業界のみならず多大な影響力を持っており、
今世紀、最大に評価されていい音楽家の一人だと思うのです。
ベートーベンやモーツァルト、バッハと同じように、
イーノがその音の歴史に君臨しているのです。

最後に、すでに七十の大台に達した
この偉大な音楽家についてのエピソードについて
触れておきましょう。

ブライアン・ピーター・ジョージ・セント・ジョン・ル・バプティスト・デ・ラ・サール・イーノ
というのが本名で、いかにも只者ではありません。
また、幼い頃、郵便夫だった父親の、
あまりの退屈な日常を見るにつけ、
絶望的な気分になったといい、
そんな思いが少年イーノの原動力となったというのだから
それだけでなんとなく親しみが湧いてくるのです。
イーノの初期ロキシーミュージック在籍時の
あの艶やかないでたちを見れば、その反動がいかなるものだったか、
だいたい想像はつくのですが、
この麗人イーノには、その他、嘘か誠かは知らねども、
一夜で13人もの女を相手にしたという、艶聞さえもあるぐらいだから、
いやはや、さすがはイーノ先生ここにあり。
そんなエピソードからも只者ではないのが窺い知れましょう。

イーノを知るためにかじっておきたいアルバム10選

ROXY MUSIC:ROXY MUSIC 1971

かつて麗人とまで呼ばれ、妖しい容姿で登場したのが五十年も前の話。
最初から、仙人のような音楽を達観してやっていたわけではないのだ。しかも、天下のロキシーミュージックの一員として。
そりゃあ、フロントマンのフェリーさんにとっては
このアクの強さは気に入らないと思うよ。
それでも今聞くと、随所にイーノ節がうまくアルバムに溶け込んでおり、このダブルブライアン、共にアート学校出身で、
その指向の強いロックバンドとしてのイメージは十分近未来的だ。
それにしても、クリムゾンのオーディションを落ちたフライアン・フェリーがそのままクリムゾンに参加していたら、
どうなってたんだろうな、そんな不思議な存在をかき立てられますねえ。

Virginia Plain · Roxy Music

Another Green World 1975

麗人から仙人への脱皮期での出来事はもうひとつの緑の世界。
この通算三枚目のソロアルバムをリスペクトするミュージシャンは多い。
ロキシー脱退後、70年年代半ばにして、このアルバムあたりから環境音楽というジャンルへたどり着く。
当時、交通事故に遭ってイーノはその音楽観に変化が起きたのだという。
ブランドXでのリズム隊とロバート・フリップという強力なアシストを受けてA面では前衛的なポップミュージックを展開しているがB面へと流れて次第に内省的なアンビエント性に覆われてゆく。
とにかく、イーノを語る上では、最重要アルバムである事は間違いない。

I’ll Come Running (2004 Remaster) · Brian Eno

EVENING STAR:Fripp&ENO 1975 

イーノとといえばフリップ。
フリップといえばイーノ。
この二人はセット、やはりこの大御所二人の相性は抜群だ。
イーノのコラボはこのロバート・フリップから始まったのである。
前作『No Pussyfooting』以上に、洗練されたアンビエント風景が広がっている。
一度スイッチが入れば偏執狂的ギター(フリロパトロニクス)サウンドがうねりをあげるところだが、こちらはフリパトロニクスを駆使したどこまでも優しいサウンドである。
つまりは環境音楽である、が単なる環境音楽ではなく
魂の桃源郷に通じるタオが永遠のループとして導かれている。

Fripp & Eno ‎– Evening Star

AMBIENT1/MUSIC FOR AIRPOR 1978

イーノがAmbient Musicとして発表した記念すべき第一弾。
その環境音楽と単なるBGMの違いはなんだろうか。
ここには明確な答えのようなものが示唆されている。
その名の通り、「空港で流すことを前提にした音楽」
つまり、音に何某かのコンセプトがあるかどうか、それに尽きると思う。
ポップミュージックから環境音楽の礎を築いたイーノは
以後次々に新たなコンセプトでこの分野を開拓して行ったのである。
楽は実際にニューヨークのラガーディア空港で使用されており、ロンドン・シティ空港でも、アルバム発売40周年を記念して一日限定で流れていたそうである。

イーノによるコンセプトは1995年の彼の日記によれば次のようなものだ。

  • 中断可能でなくてはならない(構内アナウンスがあるため)
  • 人々の会話の周波数からはずれていること
  • 会話パターンとは違う速度であること
  • 空港の生み出すノイズと共存可能なこと
  • 空港という場所と目的に関係して、死に備えられるような音楽であること

つまり、環境音楽と言っても、周りの環境に配慮され、
場所や空間と共有できるという意味でアンビエントが構成されるのである。

LOW :David BOWIE 1976

『LOW』に始まる『HEROES』『LODGER』この三部作はボウイにとって、トニー・ヴィスコンティと共に関わったイーノなしでは考えられないほど、そのサウンドに深い影響をあたえている。
薬物にどっぷり漬かり、ロックスターの幻影から開放されるためにロスからベルリンへと、ヨーロッパ人たる自己のアイデンティティを回復した頃のドキュメントといっていい精神性が色こく反映されている。
中でも、B面のインストゥルメンタルには、
イーノのARPやムーグと言った独特のシンセサイザーの音色と共に歌物以上に当時のボウイの内面そのものが刻印されている。
ハイライトというべき「ワルシャワの幻想」では、イーノの重厚で荘厳なナンバーは、ボウイの意味不明のコーラスが重ねられ宗教性さえ帯びた深い旋律で自由への祈りのような思いが込められている。

David Bowie – Warszawa

My Life in the Bush of Ghosts: BRIAN ENO & DAVID BYRNE 1981

2nd アルバム『More Songs About Buildings and Food 』から、アフロ、ポリリズムを多用した傑作アルバム『Remain in Light』に至るまで当時、積極的にいろんなバンドのプロデュース業に関わっていたイーノと組む事で、確実にその地位を確立していったのがトーキング・ヘッズ。
なんと言っても、『Remain in Light』では、その強烈なアフロビートに磨きがかり、歴史的な名盤として語り継がれるのはその邂逅の産物だと言える。
その少し前に、二人だけのコラボ『My Life in the Bush of Ghosts』A面では、バーンのアフロファンク指向が反映され、
B面にはイーノカラーによる実験的アンビエント風味で見事な融合がみられ、『Remain in Light』に負けず劣らぬ刺激的な音が展開されている。
当時のクローズアップされ始めたサンプリングミュージックが大胆に展開されコーランを使用した「コーラン」は、イギリスのイスラム教協議会から横槍が入り今では除外されている。
ちなみに、本作はナイジェリアの作家エイモス・チュツオーラによる『やし酒飲み』にインスパイアされている。

Music from the Penguin:Penguin Cafe Orchestra 1976

1976年にブライアン・イーノが起こしたオブスキュア・レーベルよりデビューしたのが故サイモン・ジェフス率いるペンギン・カフェ・オーケストラ。
ポストクラッシク、ポスト環境音楽として、まさに、インテリジェンスとユーモアを織り交ぜたクールなインストゥルメンタルを展開した。
キュートなペンギンのイメージがまじりあった避暑地に最適な一枚。
アルバムのペンギン人間がさらに不可思議さを醸し出している、アートでクールなアンビエントミュージック。

The Sound Of Someone You Love Who’s Going Away And It Doesn’t Matter (2008 Digital Remaster) · Penguin Cafe Orchestra

The Joshua Tree:U2 1987

U2は特によく聴くバントというわけでもないのだが、このアルバムは別格だ。イーノが関わったプロデュース作品のなかで、もっとも支持され、セールス的にも大成功を収めたのが、このU2の『The Joshua Tree』である。それまでのロック色からゴスペルやルーツミュージックへの感性が強化されまさにU2のターニングポイントになったアルバムでもある。
だたどうだろうか、この豊穣なまでのリヴァーブ感によって
それまでのスティーブ・リリーホワイトとで積み重ねたエッジはみごとに削ぎ落とされ、奥行きあるサウンドへと変貌しているのは、今きいいてみると、ダニエル・ラノワによる功績も
かなり大きく関与しているように思われる。
それはラノワのソロを聴くと実際にさらに感じられる実感だったりする。

One Tree Hill (Remastered 2007) · U2

Neroli 1993

タイトルの“ネロリ”とは、みかん科のビターオレンジの花から抽出されるフローラル系の精油で、抽出そのものにたいへん手間がかかり、希少で高価な精油とされるが、主に鎮静作用があるため、“天然の精神安定剤”とも呼ばれ、ストレスからの開放や不眠症にも効果を発揮してくれる。
その他保湿効果もあり、肌に敏感な人にもうってつけのアロマである。
ちなみに、妊婦さんなどにも親しまれ、気の利いた婦人科などではそういう配慮のある病院もあるかもしれない。
アロマ自体は人それぞれ個体差があるから、公共の場で使用することにはいくらか制限があってしかるべきだろうが、
よもやイーノのアンビエントに、腹を立てたり苦情を呈するような人間は、そうめったやたらいるとは思えないから、
まさにこれこそは究極のオーガニックサウンドだといえる。

The Ship 2016

このアルバムは、イーノが現在音楽シーンでどういう存在かを知るために、重要かつ、実に興味深いエポックメイキングな一枚である。
むかしから、イーノはヴェルベットアンダーグラウンドの価値について、そのレコードセール以上の影響力をもつと発言してきた。そんなイーノが、ここに改めてベルベッツの「’m Set Free」をカバーしている。
しかも、それまでのキャリアの集大成であるかのように、
進化したアンビエントの波のなかに自らの歌と肉声を放り込んで、新時代の航海を宣言しているかのように
「新たな幻影を見つけるために私は自由になる」のだと歌っている。なんという感動だろうか。
アンビエントとポップ・ミュージックの融合で、
絶大な影響力を誇った『Another Green World』から約半世紀近い年月が流れ、七十を超えて、いまだに、新しい音楽の地平線を目指して航海を続けるイノベーター。
もはや、アンビエントが退屈な音楽だという時代はすぎた。
今は時代の荒波を縫う形の新しいアンビエントやポップ・ミュージックが求められている。
そのなかを堂々先陣を切って渡ってゆくのがイーノだ。

Fickle Sun (iii) I’m Set Free (Remastered 2023) · Brian Eno

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