扉の内と外にあるもの
12月に入って、いよいよ今年もあとわずか。
カウントダウンも聞こえてくる。
足音はせわしないが、まだ心にはゆとりがある。
本格的な冬はつい目と鼻の先に座っている。
谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』のなかに、
「風流は寒きもの」であると同時に「むさきものなり」と云う警句も成り立つ。
などと書かれているが、そう、冬とはどこか“むさきもの”なのだ。
だが、それ自体が無性に哀愁を掻き立てられるものでもある。
みごとに彩られた秋の風流から、すっかり色が取っ払われ、
やがて無味乾燥なグレイのむさき世界に覆われる季節。
喧騒は増すがそれでもぼくはこの冬もまた、
好きな季節なのだ。
たしかに、冬は家から出たくなくなることもあるし
おのずと行動範囲が狭まったりもするだろうが、
逆に、その分、好奇心がどこからともなく湧いてきて
いてもたってもいられない感慨にも襲われる。
来るべき春への準備とともに、
自分のなかに、なにか大切な思いを育む季節でもある。
そんな冬の到来に関する思いを、
いくつかの項目を掲げて慈しんで噛み締めながら
ここに、つなぎとめてみようと思うのだ。
そう、つなぎとめる、というのがキーワードかもしれない。
必ずしも暖をとれるようなものばかりでもなく
どこか寂しく、侘しく、華のないものを取り上げてしまうかもしれない。
しかしそれはあくまで、受け止め方の問題にすぎず、
冬だからといって特別構えることもない。
むしろ、一年のなかで、もっとも盛りだくさんで賑やかな年末、
そして年始というイベントを控えて、
いろいろネタを吟味しながら、勢いの重力に頼らずに、
わが肌感だけを頼りに、
あたかも気の利いた酒の肴のような話ができれば幸いだ。
扉の冬 – 吉田美奈子
ぼくがかかげる「冬支度」にはもっとも相応しい音楽。
キャラメル・ママをバックに展開される、
吉田美奈子のデビュー・アルバム『扉の冬』にその思いを託そう。
プロデュースはもちろん、我らの細野晴臣。
キャッチフレーズは
幻の天才少女キャラメル・ママと共にベールをぬいでいまここに登場!!
それは扉の向こうにあるのは、果たして氷のように澄んだ静けさなのか、
それとも壁越しに感じる微かな灯の温もりか。
それはわからないけれど冬支度の内的なリズムを感じ取れるはずだ。
ただ寒さに備えるだけでは十分ではない。
冬という季節は単なる気候の変化なんかではなく、
心の奥底に沈む気配のように立ち上がる白い息を
まずは瞳に映し出す行為から始めるべきなのだ。
タイトル曲「扉の冬」は単純な季節の描写というよりも、
いうなれば、過ぎ去った季節との境い目であり、
未来への静かな予感を秘めた稜線をみせてくれる音楽である。
世界の色が白く沈む前の、最も繊細で、
むしろ暖かい予感を抱いた時間が横たわっているように思う。
そしてその思いが、このアルバムの隅々に刻まれているのだ。
ぼくにはこうした暖かさで冬を乗り切ってきた気がする。
冬のシティポップか。
うーん、名盤だね。
特集:冬支度特集
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