ユロビートムービーに微笑みを
世にいうカーマニア、車好きは多くいるとは思うが
そんな対象が必ずしもタチの映画に
従順にとびつき反応してくれるとは全く思えないことを百も承知の上で
仮に渋滞の憂いにでも出くわして、そこでイライラするぐらいなら
ぜひ一度この『トラフィック』を見てユロ氏のような飄々さを学び
やりすごすぐらいの、そんな懐をぜひ持っていただきたい、
などと考えるのだ。
まあ、そんなことにはまずなるはずもないので、話を進めよう。
そもそもが少数派のマニアックな映画の話で
タチのこだわりや美学が、いくらモーターショーをめぐる話だからって
カーマニアのソレとは無縁の、所詮は感覚的なものでしかないのは百も承知だ。
だが、タチの映画には、ある種のいらだちや日常の喧騒から離れた
極上のやすらぎをもたらす癒し効果のほどが期待できるかもしれない、
というのはまんざら嘘ではない。
(少なくとも僕はそう思っている。でも上質で限られた嗜好だと認識しているわけだけどね)
タチの6作品の中でも、ある時までは
ビデオ鑑賞しか許されなかった幻の『トラフィック』
(邦題が『ぼくの伯父さんの交通大戦争』だったっけ)をついに観た。
ガチャンコガチャンコと自動車工場での車体パーツが
作られるプロセスのオープニングから始まる。
そこで現れるしゃれたTRAFICのロゴがまたいいのよね。
(ポスターにも使われているけど、いかにもフランス的だ)
で、僕らの叔父さんはここではカーデザイナーとして登場するのだが
ユロ氏はやっぱり(僕の叔父さんで知られる)あのユロ氏なのである。
パリからアムステルダムへ、モーターショーに出展のために
自ら設計したキャンピングカーをトラックの荷台に積んで向かう途中に
いろいろやらかす(起きる)わけですね。
ガス欠、パンク、そして大渋滞に追突事故に巻き込まれたり
挙句に国境強行突破で警察にお世話になったりと、
そこでの小ネタがいろいろ楽しいのだが、それは後ほど。
それでもって、目的のモーターショーには間に合わず、
ユロ氏はめでたくお払い箱でチャンチャン。
とまあ、いわゆる筋を書いても、追ったところで
この映画の面白さや味わいが伝えられるわけでもないので、
百聞は一見しにかず。
おしゃれ映画好き、タチ好きには無論たまらない映画なんだけど
『トラフィック』には、時代は違えどフランスの自動車事情というか
こればっかりは国民性というか、お国柄というべきか、
色とりどりの車や走行を見ているだけでも、なんだか楽しさがこみ上げてくるよな、
そう思う人と語り合いたいものである。
普段、僕は車にも乗らない人間だし、車好きというほどのマニアではないけど
広報のおしゃれなマリアちゃんの乗る黄色いスポーツカーなら
何ならハンドルをとってみたいし、同乗してみたいとも思う。
もし、車を買うのであれば、機能だけだったら日本車で十分だけど
ルノーやプジョーといったデザイン性に惹かれるなあ、なんて夢想する。
途中、ユロ氏設計のキャンピングカーのお披露目なんかがあって
思わず、警察官もほっこり楽しんでしまうほど仕掛けも楽しい。
そのレトロモダンな機能に、思わず欲しくなっちゃうね。
でも、これを渋滞の時に、車内で観る人なんているのかしらねえ。
イライラが解消される、されないは別として、
結局はユロ氏にほっこりし、ドタバタ劇ににんまりする。
そういうのも感性だから、普遍性を持たせるのはどだい無理な話。
だだし、喜劇と乗り物って相性がいいのもわかる気がする。
この定番の作りのタチの映画を見ていると、
映画ってのはつくづくスタイル(型)が肝心だって思う。
それは日本独自のお笑いにしたって
やっぱり型があってなんぼだと思う。
難しく書けば作家性ってことになるのかな。
おしゃれだとか、モダンだとか、独特だとか
いろんな形容詞を並べなくとも、
ジャック・タチはタチでしか撮れない世界を提供し、
そこには常に幸福な気持ちがついてくるからファンも同調されるんだろう。
これで幸せを感じない人には、こんな言葉も響かないだろうな。
さて、スジよりは細部のネタに言及した方が
よりタチの魅力に追随できるかもしれないので触れておこう。
マリアちゃんの愛犬が車に轢かれてペッチャンコ、
実は犬に似た服を下敷きにした悪戯だったり(個人的はこれが好き)
交通事故で片上りの車が走っていたり(漫画の世界だ)
モーターショーでこっそり乗車した車が
くるり回転すると実はパックリ車の半分だったり
車の中での鼻ほじほじショットばかりのコレクションだったり
車内の会話とワイパーがリンクしていたりと、ユーモア満載。
最後はユロ氏とマリアちゃんが相合い傘で
ラスト、渋滞で身動きのきかない道路に埋め尽くされた車を縫って消えてゆくシーン。
爽やかな土砂降りの雨が彩って
傘を持った黒づくめの人間たちの、ちょっとシュールな集合ショットも映えて
ご機嫌な音楽が被って終わるフィナーレの至福感と言ったらたまりません。
ウキウキさせられるのは必至なのであります。
内容からすれば、おしゃれなコメディータッチのロードムービー風
とでも言えるのかもしれないけど、
やっぱし、これはどうあがいても日本的ではない。
なんてーのか、インテリジェンス、ウイット、ユーモア
ジャンルの型にはめようとすると自ずと限界があるんだけど
ぼくはそれを勝手に「ユロビートムービー」と名付けよう。
オフビートタッチのロードムービーってことだ、うん、ま、そんなところ。
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