デカダンサー、コンレスポンダンサーに憧れし君への交感日記
交 感
『悪の華』より 鈴木信太郎訳
自然は神の宮にして、生ある柱
時おりに 捉えがたなき言葉を洩らす。
人、象徴の森を經て 此處までを過ぎ行き、
森、なつかしき眼相に 人を眺む。
長き反響の 遠方に混らふに似て、
奥深き 暗き ひとつの統一の
夜のごと光明のごと 廣大無邉の中に
馨と 色と 物の音と かたみに答ふ
幼童の肉のごと新鮮に、木笛のごと
なごやかに、草原のごと緑なる、薫あり。
—あるは、腐れし、豊なる また ほこりかの、
無限のものの姿にひろがりて、
竜涎、麝香、安息香、線香のごと、
精神と官學の法悦を歌へる、薫。
今ほど人類が病んでいる時代はない、という声がある。
本当だろうか?
かつてはもっと素晴らしいものだったのだろうか?
人の心は星空を臨むごとく澄み渡り、
明朗かつ清廉たるものであったと。
今も昔も取り巻く状況は違えど差なんてあるのだろうか?
人間なんて所詮、永遠に堕落した生き物だ。
その光景をありのままに感じ、ありのまま受け止めるぐらいが関の山。
さあ、君も僕も詩人になろう。
イマジネーション。
イマジンだけが賢者の道だ・・・
詩人だけが許される悪ふざけ。
そこにデカダンスのシラミたちが
びっしりとはびこっているのが見える。
あなたは目を背けずに、それらを凝視することができようか?
少なからずボードレールの影響下にあった
セルジュ・ゲンスブールはデカダンな曲を書き
「ボードレール」という曲でその賛辞を送った。
カウリスマキの映画『ラヴィドボエーム』に出てくる
画家ロドルフォの愛犬の名はボードレール。
あの澁澤龍彦家の家ウサギはしがみグセがあり
ボードレールの詩集を好んでしがんでいたという。
そんなことからも、ボードレールって親しみやすい詩人だったのね、
なんてことにはまずならない。
なるはずもない。
わかっているとも。
ここに詩集が一冊。
シャルル・ボードレール『悪の華』
元祖デカダンスの詩人ボードレールこそは
まさに呪われた詩人だった。
その名を知らしめる詩集『悪の華』は
風俗壊乱の罪に問われ、罰金を食らってしまう。
まさに危険な薫りそのものだった。
父親の財産で放蕩の限りを尽くすも
母親に訴訟を起こされ極度の借金生活を余儀なくされ
晩年には半身不随、失語症へと至り
半世紀も生き延びられず、悲惨な生涯に幕を閉じている。
そうしたデカダンスな生き様と相まって
現代性に導かれたボードレールの詩の息吹が
近代詩の幕を開けた、とされるが、
そんなことはどうでもいい。
『悪の華』に入っている一篇「交感」には
ボードレールの象徴主義的資質が体現されている例だと言えるだろう。
Correspondances ー交感と訳されているが、万物照応、ともいう。
日常会話では使う人などまずない言葉だが
あらゆる感覚器の共鳴、共感を伴った想像力が
人間を取り囲む自然との一体化を生み出しはするが
それが言葉として表出される世界。
言葉は様々な化学反応をみせ、カオスが滲み出す。
そう、まさにボードレールの宇宙、人工楽園での快楽。
悲惨な現実の前に想像力によって、
限りない虚無のはてに生じるありとあらゆる腐敗の目撃者として
時代に爪痕を残した偉大なる詩人。
そんなコレスポンダンスに心を開いてみよう。
コレスポンダンスという響きはまさに『悪の華』の詩篇のうちに展開され、
ボードレールを象徴する一語となる。
憂鬱、倦怠、退廃、限りなく淀んだブルーが支配する
ボードレールの詩情は、どこまでもアレゴリーの苦味が充満している。
言葉を翻訳して、詩を分析して得意げになることは実に不毛だ。
自分がどこまでボードレールを理解しているのかさえわからない。
けれどもその言葉にCorrespondances ー 交感を感じる。
交感によって詩の息吹を体感する。
それだけだ。
間違ってもボードレールを読んだからって
ボードレールを知ったからって何かを生み出しはしない。
かっこ良く生きられるわけでもない。
まるで呪詛のような言葉に憑かれて狂い始めるかもしれない。
いや、そこまでの感性があるでもない。
苦虫を潰したような薄笑いと
どこか悔いのような重たくけだるい思想を携えて
生きるのが関の山だ。
冒頭でボードレールは投げかける。
讀者へ
愚痴、過失、罪業、吝嗇は
われらの精神を占領し、肉體を苦しめ、
乞食どもが 虱やダニを飼うごとく、
われらは 愛しき悔恨に餌食を興ふ(途中省略)
これぞ 倦怠。― 目に思はずも涙を湛へ、
『悪の華』より 鈴木信太郎訳
長き煙管を燻らせて、断頭臺の夢を見る。
讀者よ、君はこれを知る、この微妙なる怪物を、
― 偽善の読者、― わが同類、― わが兄弟よ。
どうやらまともに生きる方がラクそうである。
間違っても詩人なぞに憧れ
目指したところで憂鬱の餌食になるだけである。
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