黒澤明

隠し砦の三悪人 1965 黒澤明映画・俳優

黒澤明『隠し砦の三悪人』をめぐって 

しかし、そこには黒澤流のテーマパークならぬ 様々なエンターテイメントの導線が張られている。 笑わぬ姫でさえ嬉々と踊る火祭りなどはその最たるものだが、 そこは細々した説明を省くとして、 絶えず、的確な判断と勇敢な行動力を駆使して 一行を力強く先導するアニキ六郎太に、 「右といえば左左といえば右」と言うわがままかつ手に負えぬがゆえに オシとして同行させることになった姫の視座こそが 物語の表のベクトルを提示している。 つまりは、潔さであり、一貫性であり、正義そのものである。

羅生門 1950 黒澤明文学・作家・本

黒澤明『羅生門』をめぐって

人間が抱え込んだ闇の深淵を解明しようとしても不毛だ。 そんな芥川の別の短編『藪の中』をモティーフにした世界を、 世界のクロサワが映画化した名作『羅生門』は やはり見応えがある力を持った映画である。 まずはセットの素晴らしさだけでゲイジュツ品。 そして、宮川一夫によるカメラワークの巧みさだけで一級品。 光の美しさの見事な造詣にうっとりさせられる。

『生きる』1952年 黒澤明 東宝映画・俳優

志村喬スタイル「生きる」の場合

なんといっても雪の中ブランコにのっての、「ゴンドラの唄」のシーン ぐっとくるはずだけど、 むしろ、今回はずっと微笑ましく観れた。 でも、いいんですよ、たらこくちびるの志村喬は。 決して上手とか、うなるとかっていう演技じゃないんですよ、 でも、なんかほわんと伝わってくるんです。 その人間の味というのか、演技を超えた何かが。 志村喬といえば、七人の侍の「勘兵衛」もいいんですが やっぱり「生きる」にはかないません。