社会派ドラマを装う、欲望と意地のコテコテのせめぎあい
かつての名作をリメイクしたドラマが制作されることは多々あること。
が、余程気を引かない限り、それを進んで見てみようとまでは思わない。
そそるものがあれば、あるいはその作品への思い入れがあれば、
勝手に見てしまっているはずだから、
何もわざわざいうことはないレベルの話だ。
吉村公三郎『女の勲章』もその一つ。
最近では2017年にフジテレビ系でスペシャルドラマとして2夜連続放された
主演松嶋菜々子版の方が一般的に知られているのかもしれない。
だが、こちらのずっと古い吉村による映画版は、
今観てもなかなか見応えある作品にしあがっている。
京マチ子主演と、若き日のイケイケ田宮二郎の熱演がなんとも眩しいのだ。
舞台は医学界、ではなくモード界がターゲット。
原作が、『白い巨塔』をはじめ『華麗なる一族』や『不毛地帯』といった
社会派ドラマで知られる山崎豊子ものとあって、当然モデルがある。
大阪のファッションスクール「上田安子服飾専門学校」の創設者である
上田安子がそのモデルとされ、
医学界からモード界、つまり男の世界から女の世界へと舞台は変わる。
山崎豊子〜田宮二郎の決定版『白い巨塔』という金字塔には及ばないにせよ
紅一点ならぬ、逆にいえば黒一点、田宮二郎の獅子奮迅の活躍ぶり、
中でもその立板に水の大阪弁で物語を完全に統制しきった役で
女たちを手玉に取ってのし上がってゆく様がなんとも面白い。
この二人、世界観が実にマッチングするのだろう。
山崎豊子作品にこの男のキャスティングは外せない、それぐらいの存在感である。
そこに京マチ子とのトランアングルに拡張すれば
浪花ものが舞台となれば、まず面白くならないわけがない。
やはり、本場の巧みな話芸をもつ関西人ならではの駆け引きが見ものだ。
その語り口は決して堅苦しい社会告発にはならないが、
ズバリ、ドロドロの愛憎劇が展開されてゆく。
それが『白い巨塔』との決定的な違いだが、
むしろ、煌びやかなファッションの世界を舞台に、
男女の駆け引きが火花を散らす、洒落た心理劇として観ることもできる。
が、そんな甘っちょろいものでもないところに、
このドラマのドラマたるところがある。
原作は、戦後の混乱期を経て成長しつつあった大阪の服飾業界を舞台に、
女性の自立とその背後に潜む搾取の構造をしっかりと描き出しており、
相変わらず、山崎豊子ならではの重厚なドラマにはなっている。
主人公・大庭式子は、才覚と努力でドレスメーカー女学院を築き上げた女性。
しかし、その栄光の陰には、教育という名のビジネスと、
男社会との妥協が潜んでいることを暴き出してゆく。
ところが、吉村監督はこの題材に「勝ち気な女と狡猾な男の知恵比べ」
という構図を持ち込むことで、物語にエンターテイメントとしての推進力を与える。
その象徴が、大阪船場の“いとはん”育ち京マチ子演じる大庭式子と、
詐欺師スレスレの成り上がり、田宮二郎演じる八代銀四郎との対決だ。
京マチ子は、女優としての色香と気迫を兼ね備えた稀有な存在である。
その彼女が演じる式子は、単なる才女ではなく、
女としての感情と経営者としての理性を綱渡りで行き来する人物だ。
関西女の気骨としなやかさ、見られることに慣れた身体性と、
見られることに飽いた諦念が、彼女の演技には滲んでいる。
とはいえ、実は男性経験の乏しさ故に、
迫ってくる男に抗えず貞操を捧げる純な女として、
人格という意味では、流石に“いとはん”と呼ばれるだけのことはある。
対する田宮二郎演じる銀四郎という男は、
女の夢を商品に変えるプロの詐欺師のようでありながら、
どこか式子に本気で惚れてもいるのだが、それ以上に欲望や野心が勝る。
この二重構造が田宮の演技に凄みを与えているのだ。
関西弁で捲し立てる彼の甘言は、観客の耳には軽快に、心地よく響くが、
式子にとっては罠のような響きを持ち、毒をもつ。
まさに”蜜の味”が二人を引きつけ合うのである。
この京×田宮という浪花コンビの丁々発止が、
この映画の最大の醍醐味なのはいうまでもない。
大阪出身の二人だからこそ出せる間合い、呼吸、視線の応酬が、
社会派の主題を芝居の掛け合いという愉しみへと昇華させている。
山崎豊子の冷徹な視線を下敷きにしながらも、
吉村はその芯を壊さず、むしろ芝居の中で浮き彫りにさせるのが巧みだ。
そこに、色を添えるのが三人の内弟子たちだ。
ひとりは若尾文子。
一見したたかなキャリアガール風だが、
実はボロアパート住まいの野心家、というか虚栄心の塊で、
小悪魔的に繊維繊維会社の宣伝部員と懇ろになるも、
そのからくりを銀四郎に見透かされたところをつけいられる“甘ちゃん”だ。
到底『しとやかな獣』や『刺青』の悪女っぷりには敵わない。
ひとりはミス資生堂にも選ばれた叶順子。
こちらもうまく銀四郎に鼻であしらわれ、都合よく捨てられる女。
存在感は三人のなかで最も薄い。
で、もうひとりが中村玉緒。
こちらは天然キャラのお嬢さんかと思いきや
実は一番したたかに振る舞い、縫製工場長の役職をせがんだ上、
自ら貞操をささげるのもやぶさかではない女を演じている
こうした三者三様、内弟子たちが纏う衣装もハイカラで、
若尾文子がグリーン系、叶順子がブルー系、中村玉緒がレッド系と
それぞれのキャラクターのカラーが統一されてまとめられている。
このあたりのセンスは洒脱なものがある。
服飾担当は美智子妃の衣装も手掛けた中村乃武夫で
大正生まれで、日本人としてはじめてパリでショーを開いたデザイナーである。
こうして光と音と視線が艶やかに交差するなか、
その華やかさの中心にありながらも
常に孤独と不安に晒されているのが式子である。
その表情を捉えた吉村の視線は、社会派でもあり、エンタメでもある。
どちらかに振り切らない中庸の妙がここにはあるが、
一方で、『女の勲章』という、本来であれば
女性の社会的自立や功績を讃えるはずのメタファーが、
映画を観終えたとき、いったい誰によって誰に与えられたのか、
何の代償によってどう得られたのかという疑念も当然のように湧いてくる。
銀四郎にとっての勲章は、女を手に入れること、名誉、そして金だ。
式子にとってはファッションそのものより
女としての誇りを守ることだったのかもしれない。
が、結果的にはいずれの誇りも輝きはせず、終わってしまう。
式子は結局のところ、“ええしのいとはん”ぶりを
まんまとスケコマシ銀四郎によって掬われてしまい「一番損をした女」であり、
それまで自分を支えてきたファッションへの情熱さえ薄れてしまい、
ただ女の悲しみを抱えて、最後は自決までしてしまうことになる。
最後、弟子たちに看取られ、病院の回廊を運ばれるなか
『白い巨塔』とは全く逆の立場で、虚しさで立ち尽くす銀四郎の佇まいもまた
けして彼女を救いはしない。
こうしてみると、式子は単にスケコマシに騙された馬鹿な女ではない。
人の言葉を信じ、約束の表面に宿る品位を疑わず、
欲望を露骨に語ることを常に「下品」として距離を取ってきた
その育ちの良さこそが男の野心を誠意と誤認し、
自分の理想を守るための賭けに負けた理由だ。
そんな彼女を追い詰めたのは、嘘を見抜けなかった自分ではなく、
見ないふりをした自分に気づいてしまったこと。
死を選んだのはその呵責であり、その自責の念だったと解釈してあげたい。
この作品が何度も映像化されているのは、そうした男女のせめぎ合いが
時代を超えてエンターテイメントとして機能するからだろう。
そして、こと映画版においては、吉村監督の手腕によって、
社会派ドラマと娯楽の境界線が見事に解体され、
観る者に問いと愉しみを同時に与える稀有な作品となっている。
確かにこの面白さは、現代的でもあり、今でも通用するだろう。
というか、いろんなジャンルや業界で繰り広げられている構図そのものだ。
それは、政治界、学会、メディア界、ひいては市井のあまたの組織とて同じこと。
こうした組織の群像劇に大切なことはなんだろうか?
そう思って見た時、初めて山崎豊子の組織の構造の裏側を描き出す、
その視線の確かさの凄さが際立ってくる。
彼女には、「日本のバルザック」と称されるまでに、
社会組織のなかに生じる群像劇を『人間喜劇』として捉え直す才能があったのだ。
それゆえに、登場人物たちは、ズバリ、人間力、個が発する魅力がものをいう。
その魅力を、現代の演出家や、俳優がどこまで引き出せるか?
映画としてはそれしかないはずだ。
そう思うと、やはり、時代を経ても、
この時期の映画の方に、肩入れしてしまう。
まさに、映画最盛期、俳優たちの箔とともに、
それを見事に引き出し、男女の心理描写に定評のある吉村公三郎。
そんな凄み、面白さがある一本だと思った。
Nina Simone – Don’t Let Me Be Misunderstood
ニーナ・シモンは晩年双極性障害を抱えていたのだという。精神を煩う物だけが醸し出す深みがその歌、その声にある。
そんなシモンのこの歌は、救済を約束しない残酷さがある。
「わかってほしい」と懇願もしない。それは弱さでも強さでもない。純粋さだ。
だが、本心は、素直に「わかってほしい」と叫びたかったにちがない。
この、ただ低く、静かに私は善意を持った魂にすぎない、と切実に告白する内容からも、自分を完全な悪にも、完全な犠牲者にもしないための最終陳述のように聞こえてくる。それこそは、『女の勲章』における式子の自尊心を守りうる最大限の優しさに相応しいと思えてならない。
自死をあえて美化しようとは思わない、ただ、彼女が最後まで守ったもの、人を信じる側に立ち続けた倫理に、そっと花を手向けるぐらいの思いはあっていい。誤解されたまま沈む声ほど悲しいものはないのだと、この歌は静かに寄り添ってくれる。













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