真珠で心中に餓虎つけて、弥勒にみとられし後悔なき航海の投身大の美学
一年の最後、冬の折り返しともいうべき大晦日。
この日に挙げるトピックが澁澤龍彦について、というのも一つの感慨がある。
澁澤という作家に関しては、今更わざわざ説明することでもあるまい。
ただ、僕自身、今こうしてやっているすべての表現の礎を築けたのも
氏の導きがあったからに他ならない。
そのことは改めて記しておきたいのだ。
ここで取りあげる遺作『高丘親王航海記』を前に
澁澤にとっての文学の礎に南洋一郎があったように
ぼくには澁澤龍彦が、まさに夢先案内人であったことが全てなのである。
ぼくが初めて上京したのは1987年の夏であった。
茹だるような暑さのなかで、
そこで目指したのは鎌倉(のちに訪れた)ではなく、神田神保町であり、
当時いみじくも某大学の仏文学に浸り
盛んだったビブリオテカの血が大いに騒ぎながら
古書めぐり三昧に明け暮れたが、そのときめきが未だに忘られない。
そのとき、手元に何を忍ばせていたのかは思い出せないが、
間違いなく、澁澤文学があったと思う。
当時の思い出話は割愛するが、帰りの新幹線のなかで、
偶然にも氏の訃報を聴いた。
病床に伏していたのは知っていたが、まさか、であった。
その時、咄嗟に間違いなく澁澤龍彦頌じみた詩のようなもので
哀悼の思いをメモに書き記したのだが、どこかへ行ってしまった。
ただここで、その再現をやろうというつもりはない。
別段、生前に関係があったわけでもなく、
ただ、その膨大な知識の薫陶を受けたにすぎない個人ゆえ
長い前振りはこの辺にしておこう。
この冬支度シリーズの最後に、遺作『高丘親王航海記』をセレクトしたのは
高丘親王が天竺に向かったとされるのが、
貞観7年乙酉の正月27日、ということで、新年の門出に際し
久しぶりにこの一冊を年末に引っ張り出し、吟味していたからである。
本作は澁澤集大成の幻想小説であり、
同時に仏教的寓話を含む、博物誌的異界譚である。
だが、それらはいずれも副次的な呼び名にすぎない。
この作品の核心にあるのは、作家が自らの生をどう終わらせるかを、
物語という仮面の下で思索しきった痕跡ではないか、
などと考えるのである。
澁澤は若い頃、西洋の異端思想と文学を徹底的に愛した人だった。
サド、バタイユ、グノーシス、怪物誌、倒錯、エロス、そしてプリニウス。
それはまるで日本語の内部へ密輸するかのように
正統から逸脱した知の系譜を、文学の異端性として持ち込んだのだった。
その偏愛は晩年になっても衰えはしない。
しかし、最後に彼が辿り着いたのは、西洋異端の極北ではなく、
奇想天外でありながらどこかユーモアに飛んだ、仏教的寓話のかたちだった。
この転回は「回心」でも「転向」でもない。
むしろ、問いを最後まで持ち続けた者だけが選びうる、
もっとも軽やかな表現形式だったように思える。
物語の主人公は、一応、平安時代初期に実在した高丘親王をモデルとはしている。
史実においても空海の高弟の1人として、遺骸の埋葬に立ち会っている人物で、
唐を経て天竺を目指し、消息を絶ったという人物である。
貞観七年、広州を発ったのち、海路天竺へ向かい、
その後は十六年の歳月を経て、
羅越国(現在のマレー半島南端付近)で薨去したといわれているが、
物語にもあるように、実際に虎の前に犠牲になったという説もあるらしい。
この史実の裂け目こそが、澁澤の想像力を呼び込むわけだが、
彼は歴史を補完しようとはのではなく、空白そのものを思想の場に変換した。
いや、これを“思想”だなどと書けば、氏に笑われそうだ。
夢の続きを託したとでもいっておこう。
『高丘親王航海記』において、天竺はけして到達点ではない。
行けば悟れる場所でも、真理を持ち帰れる聖地でもない。
天竺とは、澁澤にとって、
人が人であることを少しずつ手放していく方向そのものである。
同行者は入れ替わり、名は役割に溶け、身体は変質し、意味は剥落していく。
そこにあるのは、完成ではなく、
徹底した未完への意思だったように読み解けるのだ。
その未完さを象徴するのが、作中に頻出するミイラ的存在である。
第四章「蜜人」に登場する自然乾屍は、即身仏のようでいて即身仏ではない。
修行の成果でも、成仏の証でもない。
ただ環境と時間によって、そうなってしまった身体だ。
ここにもミイラへの偏愛が繰り返されるが、
彼が愛したのはよもや「完成された死」などではない。
死と生のあいだで立ち往生し、意味づけを拒む身体だったのだ。
即身仏が制度に回収されるのに対し、蜜人は回収されない。
いわば、野垂れ死、野生の死そのものとして、
石や大木のごとく投げ出されている。
それを目で持って拾うのである。
そこに澁澤の美学がある。
この美学こそは、空海の入定とも鋭く対照されるだろう。
空海は入定によって「留まる」存在となったが
死を死として確定させず、三昧の中で生き続ける。
体系を築き、教義を残し、国家に回収された師に対して、
一方、高丘親王は留まらない。
彼は去り、漂流し、そして静かに消えていく。
澁澤が選んだのは、入定というひとつの完成形ではなく
運命を受け入れることだったのである。
最後まで進めば、終章「頻伽」における餓虎投身が
この物語の核心であることがわかるだろう。
だが、高丘親王は自死を選ばないが、自然死にも身を委ねない。
彼は餓えた虎に身を任せ、その腹に収められたまま天竺へ向かうという
荒唐無稽さをあえて選んだ。
これはなにも事故死でも殉教でもない。
ある種、一切の執着を手放す行為であって、
悟りでもなければ、入定(永遠の瞑想)というものでもない。
虎は理解しないし、もちろん裁きもしない。
なにより意味を与えてはくれない。
そこには、三島由紀夫の切腹に象徴されるような、
意志の誇示も、死の演出もない。
それでも、この場面が無意識の演出を帯びていることを否定はできないと思う。
澁澤にとって、三島とは親交が深く、その死を意識していなかったはずがない。
三島が生と死と作品を一体化させ、強度の高い「完成」を成し遂げたのに対し、
澁澤はその反対極を選んだことになる。
叫ばず、決断を誇らず、制度に回収されないかたちで消える。
しかし同時に、「自分の最後がどう見えるか」を
どこかで意識していたに違いないからだ。
これが氏のとってのダンディズムではなかったろうか?
そのささやかな葛藤こそが、この餓虎投身の美しさを支えているのだ。
虎に貪られた後、現れる小鳥が「みーこ、みーこ」と鳴きながら舞う。
それが頻伽、意味を持つ前に歌う霊鳥。
すなわち女性の顔をもつ迦陵頻伽である。
ここに残るのは悟りでも救済でもない。
意味以前の声だけだ。
咽頭癌によって声帯を切除され、肉声を失った澁澤が、
最後に書いたのが「声で終わる物語」だったことは、
あまりにも象徴的ではないだろうか?
澁澤は自らの霊廟を「呑珠庵」と名づけている。
第六章「真珠」に展開されるように、真珠を呑んで声を失うという比喩。
ドン・ジュアンへの言葉あそび。
このエロスと沈黙、ウィットと死の受容が重なり合うこの命名は、
『高丘親王航海記』そのものの縮図だろう。
だから、こう言っても許されるはずだ。
真珠で心中に餓虎つけて、弥勒にみとられし後悔なき航海の投身大の美学。
少しくどい、しかし的確な言葉あそびに聞こえたら嬉しい。
『高丘親王航海記』は澁澤龍彦の集大成であり、
同時に道半ばの未完としての美しさを湛えている。
中国古典、西洋博物誌、プリニウス、幻想譚、
そして少年期に愛した南洋一郎から海野十三的な驚きまで、
この一冊に自然に溶け込んでいる。
「儒艮」蘭房」「獏園」「蜜人」「鏡湖」「真珠」「頻伽」という七章からなり
それぞれ、作中で出てくる奇妙な地名や生物たち
(ジュゴン、バク、蜜人、幻影など)に由来する章立てで話は進む。
幼少時、父平城天皇の公妾藤原薬子に弄ばれた睾丸遊びをはじめとする回想、
言葉を喋るジュゴンや大蟻食いとの邂逅、
夢を喰らい香しい虹色のしゃぼん玉に似た脱糞をするバク、
まるで人間を脱皮したかのような不完全な状態で転がる蜜人たち
僕が個人的に愛してやまないのは、氏のオブジェ嗜好であり、
官能に行きつかない表層のエロスとの戯れであり、
古今東西、夢や幻影譚を選りすぐり反映したきらめく世界に描き出す。
耳の形をした洱海に、「湖水に顔のうつらぬものは、一年以内に死ぬ」という
予言通りの運命を悟り、
病める貝が吐き出した美しい異物である真珠を飲み込み
死期を早め、そこに卵生への憧憬を滲ませながら、
最後は餓虎投身にて、天竺へ詣でへと向かう夢物語。
その際にまるで、自らの死に天使を夢想するがごとく、
飛び交う半人半鳥の頻伽が死の周りを舞い狂うあたりで終わっている。
澁澤は最後まで、ぶれなかったし
完成を拒み、孵化を急がず、未完を未完のまま愛した作家だった。
そのどれもが美しく、そして夢のような軽さを纏っていた。
だからこの小説は、読み終えても終わらない。
まだまだ続きがあるかのように。
いみじくも、澁澤自身、病床で読書中に頚動脈瘤の破裂する。
最後まで澁澤龍彦らしさを残したまま、還暦の手前で、
気がつけば、夢の天竺へと上り詰めたのである。
その本がなんだったのかはわからない。
きっと、どうすれば、このまま夢見るように死んでいけるのかが書かれた
夢の虎の巻だったのかもしれない。
細野晴臣:Exotica Lullaby
澁澤龍彦の遺作『高丘親王航海記』を読み終えたあと、不思議と胸に残るのは本を読み終えた達成感などではない。また、悟りに至ったという納得でも、壮大な旅を見届けたという満足でもない。ただ、どこか遠くで、まだ航海が続いているような感覚だけがひっそりと残る。だからこの物語には、いわゆる鎮魂歌やレクイエムの類は似つかわしく無いのだ。必要なのは、もっと軽く、もっと曖昧で、しかし確実に耳に残る音、そしてメロディだ。
そこで、ぼくは閃いた。その条件を完璧に満たしているのは、細野晴臣『泰安洋行』のラストを飾る「Exotica Lullaby」しかないと。この曲はエキゾティズムに満ちていながら、異国趣味の誇張も、郷愁の押しつけもない。旅の音楽でありながら、どこへも連れて行かない。子守唄でありながら、完全な眠りも約束しない。ただ、世界の輪郭を少しだけ柔らかくはする。さすがは音楽仙人の域である。
『高丘親王航海記』における天竺もまた、到達すべき場所ではなかった。それは方向であり、状態であり、人が人であることを少しずつ手放していく過程そのものだった。親王は自死せず、しかし自然死にも留まらず、餓虎投身という形で世界に身を返した。その行為は意志の誇示ではなく、意味の放棄に近い。だからこそ、そこに流れるべき音楽は、強いメッセージなどいらないのだ。
「Exotica Lullaby」は、まさにその位置にあるといっていい。旋律はあるが主張しない。異国の気配はあるが、地名なんかなくたっていい。これは、異国を目指す音楽ではなく、異国が夢として滲み出してくる音楽だから。そう、これぞまさに、エキゾチック。親王が虎の腹の中で天竺へ向かうという逆説的な航海と、この曲の在り方は、驚くほどよく似ているのだ。
そして、この子守唄を唄うのは、仏でも弥勒でもない。おそらく薬子だろう。毒味役であり、看取り役であり、生と死のあいだに立つ声。官能性さえ超越したエロスを旗振りし、魂を鼓舞する役目。慰めも教えも与えず、ただ眠りへ移行する存在のそばにいる者。その薬子が、親王の耳元でそっと唄っている――そう考えたとき、この曲は弔いではなく、夢の伴奏にぴったりだと気づくはずだ。
澁澤龍彦は生涯、完成を拒み、未完の美を愛した。最後に書いた物語も、悟りや結論では終わらず、頻伽の声という「意味以前の響き」を残した。その余韻の上に置かれる音楽は、やはり意味を持ちすぎてはいけない。「Exotica Lullaby」は、感傷を誘わず、しかし確かに消えない。ただ、その心地よさに身をゆだねるだけでいい。
泣いても涙出ぬのなら、一緒に行こうか? 妖精の粉ふりかけりゃ、ほら身体が浮かぶよ
ただ、これは航海がいつの間にか夢へと移行する、その瞬間に流れている音楽に違いない。天国、いや、天竺あたりできっと誰かが口ずさんでいるはずだ。そして耳を澄ませば、親王の航海は、いまも静かに続いているという、夢のウロボロス状態。音楽は止まらない。












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