架空のサウンドトラック、夢先案内映画音楽特集

Dream Guide to the music
Dream Guide to the music

音に引かれて、夢に堕ちる

映画に音楽はつきものだが、
そんな数多くあるサントラのなかから
音をひろってくるのも乙ではあるが、
ここは、少し捻って、現実には映画のなかに使われることはない、
いうなれば架空のサウンドトラックとしての音楽を、
さも、夢先案内映画音楽として、リストアップしてみたい。

架空の映画サウンド・トラックといえば、
ムーンライダースの名盤『CAMERA EGAL STYLO/カメラ=万年筆』が
真っ先に思い浮かぶ。
いかにも映画好きによる、贅沢な趣向が反映されている。
まさにドストライクなラインナップがずらり並んでいる。
そのアルバムを筆頭に、シネフィルたちの夢を載せて、
そのテイストが滲み出る楽曲にスポットライトを当てて、
このコラムの最後を飾ろう。

映画狂の耳に適う10曲

ムーンライダーズ- 大人は判ってくれない

こちら、『架空の映画サウンド・トラック』というコンセプトで発表されたムーンライダーズの6枚目のオリジナル・アルバム『CAMERA EGAL STYLO/カメラ=万年筆』からの一曲。全曲が映画にまつわる楽曲で、通好みのタイトルが並んでいる。フランソワ・トリュフォーの長編第一作にちなんだ『大人は判ってくれない』は、歌詞の内容が直接的に映画のストーリーを反映されているわけではないが、「子どもと大人の断絶」「理解されない思い」「社会からの疎外」といったテーマが見え隠れする。音は当時のニューウエイブサウンドに対抗するような都会的ロックサウンドが展開されている。

Dr. Mabuse Propaganda

ドイツ出身で、80年代に一世風靡したトレヴァー・ホーン創設のZTTレーベルからデビューしたシンセポップバンドのプロパガンダが、フリッツ・ラングの「Dr. Mabuse」という象徴を1984年に蘇らせた曲。「Dr. Mabuse」とは、1920〜30年代にフリッツ・ラングが撮った犯罪映画シリーズに登場する架空の悪役であり、「大衆を催眠術とプロパガンダで操る怪人」である。第一次大戦後のドイツの不安定な社会情勢を背景に、マブゼは「見えない支配者」「権力の亡霊」として描かれている。つまり、実在の人物ではなく、「近代ヨーロッパの悪夢」の化身ともいえる存在だといえる。

Scott Walker – The Seventh Seal

イングマール・ベルイマン監督の『第七の封印』をそのまま下敷きにしたスコット・ウォーカーらしい一曲。十字軍から帰還した騎士アントニウス・ブロックと「死」との対話、ペストに覆われた中世の暗黒世界。この映画の文学的で象徴的なモチーフを、ウォーカーは歌詞の中でほぼ直截に引用している。「架空の映画音楽」という流れで見るなら、「実在の映画を架空のレコードの中で甦らせた音楽」であり、まさにウォーカーの孤高の美学が生み出した「想像力のシネマ館」といえるだろう。

Tuxedomoon – Ninotchka

タキシードムーンは1970年代末のサンフランシスコの実験的アート・シーンから登場し、特に演劇的、映画的なくくりで、ヨーロッパを拠点に活躍したニューウェイヴ/ポストパンクバンドだ。ヴァイオリン、サックス、シンセサイザーを駆使し、冷ややかでありながら耽美的な音で独自の世界を構築。この「Ninotchka」は、1939年のエルンスト・ルビッチ監督の名作コメディ『ニノチカ』(主演:グレタ・ガルボ)から取られている。ソ連の冷徹な女性官僚ニノチカが、パリで恋をして次第に人間的な感情を取り戻す、というストーリーで、ガルボの「笑う」姿が話題になった映画としても有名。ベルギーのクラムドディスクと契約し、ブリュッセルでの音楽活動期に発表された曲。

Monochrome Set – Ici Les Enfants

日本の渋谷系にとっては、「おしゃれとシニカルの教科書」として、シネフィル趣味やアート感覚をポップに変換する雛型となったバンドモノクローム・セットの「Ici Les Enfants」は、Rough Tradeからリリースされたファースト・アルバム『Strange Boutique』に収録されている。マルセル・カルネ監督の『天井桟敷の人々(原題:Les enfants du paradise』を想起させるタイトルとモチーフからなっている。19世紀のパリ、犯罪と芝居と恋が渦巻く“芝居小屋の裏表”を描いた映画カルネの『天井桟敷の人々』に登場するのは、愛に翻弄される人々、観客席にひしめく群衆、そして「演じることと生きること」が溶け合う世界、そんな世界観をポストパンクの枠内にありながら、洒落たギター・ポップ、カフェ音楽的な軽やかさ、映画音楽的ムードを混ぜ込んだのがモノクローム・セットだ。


– ボンジュール・ムッシュー・サムディ

元さかなのボーカルポコペンが1993年に出したソロアルバムのタイトル曲「Bonjour Mounsieur Samedi」は、デュラスの『INDIA SONG』の作曲者カルロス・ダレッシオへのオマージュというか、そんな気配に満ちている。曲はギターと歌だけのシンプルな構造だが、シュールな歌詞と、「さかな」というユニークなユニットに通じる独特の世界観をもった、知る人ぞ知る名曲。

Roxy Music 2HB

Roxy Music のデビュー・アルバム収録 「2HB」 という洗練されたアートロックな曲は、歌詞に「Here’s looking at you, kid」というフレーズが繰り返されるように、『カサブランカ』でハンフリー・ボガートがイングリッド・バーグマンに放つ有名な台詞であり、一見するとシンプルな“映画オマージュ曲”といえるのだが、ブライアン・フェリーの美学を象徴する多層的な意味を孕んでいる。フェリー自身がハリウッドは常に憧れの地だと語っていたように、「ボギーへの敬意」であると同時に、元美術学生だったフェリーによるボガートを、スター=アイコンとして再加工するポップアート的試みだといわれている。

Nostalgia · David Sylvian

David Sylvian のファーストソロ『Brilliant Trees』に収録された Nostalgia は、明確にアンドレイ・タルコフスキー監督の映画『Nostalghia』へのオマージュとして受け取ることができる。ここでは、単なる郷愁の歌ではなく、タルコフスキー的な精神風景の音楽的再現として、反映されている。自身が弾く透明なギター、あるいは霧の中の風景のようなシンセの旋律に、クラウトロックの重鎮ホルガー・シューカイやECMのジャズトランペッター、ケニー・ウイラーなどの参加によって、ジャパン時代にはみられなかった、より深淵な宇宙観が再現されている。

地下鉄のザジ:大貫妙子

大貫妙子MIDI移籍第2弾、通算10枚目のアルバム「Comin’ Soon」に収録の、レイモン・クノーの小説からルイ・マル監督が映画化した『地下鉄のザジ』を歌にした曲。元は原田知世に提供するために書かれた曲で、内容はフランス映画好きな大貫妙子らしい、映画へのオマージュと都市的ポップセンスが融合した楽曲だ。大貫自身の「少女的な無邪気さ」と「成熟した都会性」が共存するイメージを、ザジというキャラクターを借りて、「お子さんと一緒に聴ける音楽を」をコンセプトへつなげている。ちなみに、ルイ・マルの映画『地下鉄のザジ』は「お子さんと一緒に鑑賞できる」ような映画ではないと思うけどね。

Yellow Magic Orchestra – Mad Pierrot 

新旧YMOファンのなかでも人気がある細野さんの曲。この曲がどうゴダールの『気狂いピエロ』に結びつくのか、といわれると、なんとも言えない節があるが、『中国女』とならび、ゴダールを意識した曲であるのはいうまでもない。ガーション・キングスレイの”Popcornを参考に作られた曲というが、今聴くとゴリゴリのテクノ感で、実に初期YMOらしい代表的な一曲に思えてくる。当時のYMOが放つ政治色は教授が担い、音響の実験性および方向性を細野さんがにぎっていた、というバンド内の力学を考える意味でも、この曲は興味深い。

  1. ムーンライダーズ- 大人は判ってくれない
  2. Propaganda – Dr. Mabuse
  3. Scott Walker – The Seventh Seal
  4. Tuxedomoon – Ninotchka
  5. Monochrome Set – Ici Les Enfants
  6. Pocopen – ボンジュール・ムッシュー・サムディ
  7. Roxy Music – 2HB
  8. David Sylvian – Nostalgia
  9. 大貫妙子 – 地下鉄のザジ
  10. Yellow Magic Orchestra – Mad Pierrot