シドニー・ポラック『アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン』について

シドニー・ポラック『アメイジング・グレイス』
シドニー・ポラック『アメイジング・グレイス』

神様の加護にゆられて

これまで、ぼくにとってのアレサ・フランクリンのライブ音源でいうと
「Aretha Live At Fillmore West」が長年の愛聴盤だった。
Rolling Stone誌が「ライブアルバム史上の傑作」と評するほどに
観客を“巻き込む”ライブ感覚のすさまじさが強烈で、
キング・カーティス&ザ・キングピンズ、ビリー・プレストン
最後にはレイ・チャールズが加わって、
圧倒的なライブ感がたまらないアルバムだった。

その一年後、1972年1月、ロサンゼルスのちいさな教会に、
世界が集まった。
スターでもなく、女王でもなく、その日アレサ・フランクリンは
“ただのひとりの信じる者”としてそこにいた。
そして、神様のちょっと隣のあたりから声が降りてきた。
いや、むしろアレサ自身が神様の声だったのかもしれない。

映画『アメイジング・グレイス』は、そんな“うたの奇跡”を
ただただ見せてくれるだけだ。
大げさな演出なんてなくていい。
ただカメラを回して、マイクを置くだけ。
それだけで、人間の声がここまで天と地を揺らすのか、と信じられなくなる。
とにかく、アメイジングなのだ。

まず、“Wholy Holy”で、もうノックアウト。
マーヴィン・ゲイの名曲をアレサが静かに、
しかし恐ろしいほどの集中力で歌い出すと、
会場全体がぴたりと息を止めるのがわかる。

“Come together / Love each other / Save the world…”

って歌いながら、まるで本当に世界を救ってしまいそうな声。
ピアノの音と、ゴスペルクワイアのコーラスと、アレサの声が一体になって、
空気をあたためて、包み込んで、もうすべてが赦されていく。
そう、まるで神様がそこにいてうなずいてる感じがする。

なんといっても、彼女の人生は、とにかく波瀾万丈だった。
12歳での出産、家庭の喪失、複雑な父との関係。
スターになってからも、自己肯定感の揺れ、DV、アルコール依存。
それでも、彼女はマイクの前に立ち続けた。
だからこそ“How I Got Over”の歌詞は、まるで彼女自身の叫びに聞こえてくる。

“My soul looks back and wonder / How I got over…”

ここまで来れた自分に驚いてるといわんばかり。
その思いが涙とシャウトになって教会中に響いていく。
椅子から立ち上がって踊り出す観客、拳をふり上げて「Yes!」と叫ぶ信徒たち。
この歌は“成功”の歌じゃない。
“生きのびた”ことへの歓喜の賛歌なんだよ

そしてクライマックス。“Amazing Grace”。
誰もが知ってる賛美歌。だけど、アレサが歌うと、
知ってたはずのその歌がまったく別物になる。
彼女は目をつぶり、アカペラで静かに歌い始める。

“I once was lost / But now am found…”

その言葉がどれだけ重いものか、彼女は知っていた。
“失われていた”時間がどれだけ長く、深かったか。
でも、彼女は「見出された」と歌う。
その一言が、聴く者すべてを泣かせる。
ピアノが入り、コーラスが寄り添い、
まるでひとつの魂を洗い清めるような“儀式”がはじまる。

この映画に出てくるアレサは、スターでもなく、ポップアイコンでもなく、
ただ“自分を取り戻そうとするひとりの人間”だ。
神様の加護と同志たちの熱い眼差し。
その声は、技術とかうまさとかを軽々と超えていく。
うたうたびに、彼女は自分を癒やし、他人を癒やし、
世界を少しだけあたたかくしてしまう。

たとえば“Precious Memories”で、彼女はピアノを弾きながら、
ゆっくりと“思い出”をたぐる。
歌詞はこうだ:

“Precious memories, unseen angels / Sent from somewhere to my soul…”

彼女にとって、音楽とはただの仕事じゃない。
そして声による魂のメモ帳であり、祈りのための楽器なんだと。
『アメイジング・グレイス』という映画は、なんてことないコンサートの記録だ。
だけど、そこに映ってるのは
神に祝福された声を持つ女性だけに許された、自分自身を取り戻す瞬間そのものだ。

映画館で観ても、イヤホンで聴いても、YouTubeで観てもいい。
いいものはいい。
この声は、時代も国境も文化も飛び越えて、
そのまんま心の奥を揺らしてくる
彼女の人生がどれだけ波乱に満ちていようが、
この2日間だけは、神様がちゃんと彼女のそばにいて、
「おまえは世界でいちばん素晴らしい声、そしてハートを持っている」
そう囁いたに違いない。
そんな声が、今もちゃんと聴けること。
それ自体が、奇跡だと思った。

🎥 Day 1(1月13日)──「神の声が降りてきた夜」

1. On Our Way

開幕にふさわしい、サザン・カリフォルニアコミュニティ聖歌隊による力強いゴスペル。
進行役のジェームズ・クリーブランド師。
「われわれは故郷への旅の途中」だと歌われる。
この曲からすでに、会場(教会)が熱気とともに“うねり”はじめる。

2. Wholy Holy

そして、ここにアレサが君臨する。
マーヴィン・ゲイ原曲。静かで荘厳、“導き”のような一曲。
強さが必要だと、主にゆだね、同志たちに団結を呼びかける歌。
アレサの声がまるで説教のように空気を満たす。

3. What a Friend We Have In Jesus

古典的な賛美歌。
「イエスを友にもてることの幸せ」をアレサが微笑みながら語りかけるように歌う。

4. How I Got Over

アップテンポの曲。一体感が増してゆくまさに“奇跡の瞬間”。
クワイアとの応酬で会場が沸騰。
黒人霊歌としての力、生き抜いた者だけが放てるシャウトだ。

5. Precious Memories

主への想いに、回想と祈りが織り交ざるような静謐なバラード。
祈りのように、時に目を伏せて歌う姿が印象的。

6. Precious Lord Take My Hand/You’ve Got a Friend

キャロル・キングの名曲を、友情の賛歌から“神とのつながり”へと変換。
トーマス・A・ドーシーとキャロル・キングをつなぐ、“人の手”と“神の手”のメドレー

7. Amazing Grace

リハーサルの段階で、すでにアレサが涙したという本作のタイトル曲にして、
アレサの神格が最も濃密に凝縮されたハイライト
アレサの声がきこえ、聴衆は静まりかえり、一体化する瞬間。
1日目の「自己の救済」から、2日目の「共同体としての祝祭」へ

8. My Sweet Lord(インスト)

ジョージ・ハリスンのスピリチュアルな名曲をオルガン&クワイアで演奏。
映画ではインタールード的に使われ、会場の“祈りのグルーヴ”を繋ぐ。

🎥 Day 2(1月14日)──「解放と祝祭の夜」

1. Mary Don’t You Weep

黒人霊歌の定番曲。歴史と祈りの記憶をつなぐ歌。
この日だけ歌われた希少な収録曲で、会場のエネルギーが爆発。

2. Climbing Higher Mountains

曲の前にクララ・ウォードの登場。
登りつづける信仰者の心の歌。ソロとコーラスが火花を散らすような構成。
ミック・ジャガーの顔がのぞく。

3. Old Landmark

最も“踊れる”曲。ジェイムズ・クリーヴランドの指揮が冴え渡る。
この日だけ歌われた希少な収録曲で、会場のエネルギーが爆発。
教会が一気に“ディスコ状態”になるようなゴスペル・グルーヴに包まれる

4.生命は永遠に

曲の前に、父C.L.フランクリンが立ち上がり、しばしの演説。
娘に涙をにじませる名シーン。
ゴスペルの名曲。ピアノ弾き語りで紡がれる、アレサの「内なる声」が響く。
死後の世界を希望として描くしずかな賛美はアレサが人生で何度も歌った祈りの曲。

アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン」は、1972年1月13〜14日、ロサンゼルスのニュー・テンプル・ミッショナリー・バプティスト教会で録音されたアレサ・フランクリンのライブ・ゴスペルを、
『追憶』『愛と哀しみの果て』の名匠であり、オスカー監督シドニー・ポラックが16mmフィルムで撮影したコンサートドキュメンタリー。
ポラック監督はクラッパーボード(カチンコ)を入れ忘れ、20時間近い映像と音源の同期が当時の技術でほぼ不可能と判断され、映像は未完に終わるというハプニングが起きたせいで、そのままワーナー・ブラザーズの倉庫に未公開状態で保管され、半世紀近く忘れ去られていた秘宝の映像だ。

2007年、プロデューサーのアラン・エリオットが素材を買い取ることでデジタル技術で映像と音のずれを修正。2011年、当初は公開予定だったものの、アレサ本人が映像使用を訴えて裁判沙汰に。その後も2015年の映画祭参加企画時にも法的差し止めがあり、公開は度重なる延期になっていたが、彼女の死後、遺族が映像使用を承認。

2018年11月にDoc NYCでワールドプレミア、2019年4月に劇場公開へと至ったいわくつきの映像である。アレサが“魂の中に歌い込み”、教会と一体化したような圧倒的パフォーマンスが眼前に甦る97分。
ゴスペル界の重鎮ジェームズ・クリーブランド率いるサザン・カリフォルニア・コミュニティ聖歌隊、
バーナード・パーディーやチャック・レイニーなど豪華ミュージシャン陣も参加し、そこにはミック・ジャガー&チャーリー・ワッツ(ザ・ローリング・ストーンズ)も観客として登場し、アレサの凄まじい歌に見入る姿が映し出されるという奇跡が映りこんでいる。

それらはシドニー・ポラックによって神聖に切り取られ、アラン・エリオットの情熱によって復活したこの映像が、アレサ・フランクリンという存在を、美しきゴスペルの瞬間とともに、私たちの心に蘇らせてくれる。
魂を震わせ、感動に満ちた時間の刻印として、魂の礼拝堂が甦る奇跡のドキュメンタリーとして、永遠に語り継がれ、眼差しに刻まれるだろう。