男の世界にようこそ、不思議な国のラブラブちゃん
井戸は深いか
『不思議の国のアリス』ルイス・キャロル
ゆっくり落ちたはずだ
彼女は周りを見まわして
その先の出来事を考えるだけの時間があった
雨の日にお薦めする映画、というわけではないけれど、
タイトルにもあるように、冒頭の雨が印象的なルネ・クレマン『雨の訪問者』。
ルネ・クレマンといえば、『禁じられた遊び』しか知らない人や
日頃わかりやすいストーリー性を見慣れている人なら
そのタッチが至極新鮮に映るかもしれない。
ただ映画のノリとして万人ウケするとは思えない。
いいなと思う派とつまらないぞと感じる派に分かれるような映画であり
これぞフランス的なムード満載、ハリウッド映画にはない色彩、小道具、音で
細部に至るまでちょっとこだわりのある画風を作る映画作家
そんなルネ・クレマンの真骨頂を味わえる映画だ。
まずは冒頭の海辺のバス停から
何か起きそうな気配を雨のシーンで予感させ
実にイマジナリーに見せてくれるミステリー調。
こんな不気味な男につけ回されたら誰だって怖い。
(実は、雨のシーンはこの冒頭からの一連の事件の下りまでにすぎず
あとは、マルセイユの陽光がアンニュイに降り注ぐ映画になっている)
ヒロインのメリー(メランコリーから来ている)嬢、
セシルカットの短髪、そばかすのマルレーヌ・ジョベールって
いかにも、サスペンス映えする女優さんだとは思うんだけど
いってもジーン・セバーグの醸し出す、あの都会的な雰囲気には足りないし、
ミア・フォローのキュートさにも敵わないそんな女優さんだから、
所詮、B級作品がお似合いよ、なんていうのはちょっぴり可哀想。
僕は嫌いじゃないよ。
そんなフォローはどうでもいいけど、
途中から現れて、ストーリーをかき回す男がチャールズ・ブロンソン。
昔っから僕にはイマイチ良さがわからなかった俳優なんだよねえ。
男の魅力、大人の魅力ってやつだ。
もちろん、子供すぎてわからなかっただけなのかもしれない。
この映画のトーン、雰囲気は悪くないし、存在感は半端ない。
ただ、「なんとなく」で雰囲気だけでもっていこうとする映画に
なっている気がしなくもない。
ただ、そのブロンソン演じるドブスは怪しい男だ。
この映画では渋い男の魅力ってのは十分滲み出していると思う。
あの、脱いだときの筋肉質の上半身を見せられると、
中年とはいえ、惚れ惚れするし
女性だったら思わずハッとしちゃうんじゃなかろうか?
別に暴力的でもないし、かといってただの色男でもない感じは
まさに「男気俳優」の面目を上手に保っているし、
どこか色気もあるし、頭だって悪くないなかなかの男っぷりだ。
当然、ラブラブちゃんもハッとなったはずだし、実際にときめいている!
でも結局、このラブラブって子は、どうして、自分がレイプされて
正当防衛で犯人の男を殺したって告白しなかったんだろうか?
レイプされたことが許せなかったのか、女心はかくも複雑だ。
常時キャンキャン度高めでヒステリック、それでいて情緒不安定。
おまけにメリーは爪を噛む癖がいまだにぬけない、
そう、結婚しているのに大人になりきれない女の子のようで、
自分で自分のことがよくわかっていないようなところがあって
現実社会だと男が手を焼くタイプの女かもしれない。
小さい頃、母親の情事を目撃してしまったトラウマを抱えているのね。
そのシーンが回想形式で挿入されるけど、
この映画、実は、そんな女の内面性をテーマにしているのだとしたら
そこは重要なカットになってくる。
ということは、潜在的にファザコンだというのもうなづける。
そうすると、このドブス氏にある種の愛情を感じてしまう、って流れは
わからなくもない話でつながってゆく。
いずれにしても、この映画のプロットは
ちょっと複雑で、二つの殺人事件をめぐって
ストーリーが交差しているし、わかりにくいのは確かだ。
ドブスも当初金が目当てだったようだけど
要所要所でラブラブちゃんの気をうまく惹くのに成功していて、
男と女のあやうい関係性さえも匂わしてくる。
ラストシーンで、「心配はいらない」とばかり
犯人の握っていたボタンを返して去ってゆくなんざ
実に憎らしくってかっこいいのだ。
多分、そこでも彼女はキュンとなってたはずなんだ。
途中パリの怪しげなクラブシーンとかが入ってきて
イマイチわからない内容のサスペンス風ではあるけれど、
よくよく考えると、このラブラブちゃんが
一人空回りして背伸びして大人になりきれない話、
つまりは冒頭で引用されるように
これまた不思議の国のアリスちゃんの映画だととれば全て合点はゆく。
そうするとこれもまた『狼は天使の匂い』なんかにも通じる、
クレマンの、童心くすぐる系ファンタジーテイストの映画なんだと
徐々にわかってくるのだ。
そういえば、同じく脚本はセバスチャン・ジャブリゾだし、
例の遊び心がここでも顔を覗かせている。
クルミを窓ガラスに投げて、
ガラスが割れたらその人は恋している証拠なんだってブロンソンがいう。
なんとも馬鹿馬鹿しいけど、
ラストシーンにこれが活きてくるから、前振りとしても効いている。
これもシャブリゾならではの遊びなんだね。
それをさりげなく挟んでくるあたりが渋いちゃ渋い演出だ。
旦那さんは実は怪しい密輸に関わっている悪党だってバレるし
結局浮気しているし、(その癖やきもち焼きで亭主関白な男である)、
けして相思相愛、お似合いのカップルってわけでもない。
ラブラブちゃんは絶えずプンスカしているし、
欲求不満気味で落ち着きがない割りに
おしゃれが好きで、マイカーを運転する一応セレブな身分なのよ。
つまりは地に足がついていない生活を送っているわけよね。
そこを雨とともに、見知らぬ訪問者がやってきて
まんまと付け込まれたって話なわけなのよ。
結婚相手からして、自分に合うタイプを見つけられないから
こんな嫌な目に遭っちゃうんだろうね、きっと。
母親の情事を目撃したあたりからのトラウマを引きずっているからなのか、
そこまでいくといろいろ深読みしたくもなる。
でも、殺したあと、崖に運んで犯人を海へ投げ捨てるあたりは実に行動的で
わざわざ濡れ衣を着せられたと勘違いさせた情婦を救うために
自らパリの秘密組織に乗り込んでゆく命知らずなところもあるし、
ほんとよくわからない女の子だね。
ちなみにラブラブってのは、
彼女が来ていたエプロンにプリントされていたのを
ブロンソンがとっさにそう呼んだ名前で、
この辺り、彼女の幼稚性をうまく掴んでいるなと思わせる。
そんなわけで、何度か見直してわかったことは
この映画はサスペンス調であるけれども
結局ドブス以外誰も彼女の殺しやレイプに触れないあたり、
不思議の国のアリスが、潜在的な父親像に出会って
勝手にワクワク、ドキドキしながら、
現実なんだか、幻想なんだかわからない話に巻き込まれただけ、
そんな寓話のような映画なんだって気がするのであります。
これぞ男の世界からみる不思議の国ってわけね。
オーマンダム!
チャンチャン。
懐かしいCMだね。今見るとやっぱりかっこいいね、ブロンソン。顎を撫でて「う~ん、マンダム」のポーズ、みんなやってたなあ。アメリカカントリー歌手のジェリー・ウォレスの曲で一世風靡した男性化粧品マンダムのCMソングといやあ、昭和生まれのおじさんたちならみんな覚えているだろう。このCMを演出したのが大林宣彦だって後で知ってちょっと驚いた。なんでもブロンソンって人は馬にも乗れず、銃の使い方にも慣れていなかったとか。その意味では「男らしさ」っていうのも一つのイメージだったのかなあ、と思う今日この頃。
Severine/雨の訪問者-テーマ :Francis Lai
サントラ盤、これまたどっぷり雰囲気に浸れるアンニュイフレンチが聞こえて来る。これぞフランシス・レイってな感じのメロディがたまりません。霧かため息か、それとも女心の誘い香か。ヘリオトロープの感傷気分に襲われし気分。歌っているのは当時売り出したばかりの若手シャンソン歌手・セベリーヌ。
コメントを残す