リチャード・バルビエリをめぐって
そんな未来を予言する、プロフィット5の達人を、 この地味なサウンドメイカーを、静かに讃えたいと思う。 それにしても、それぞれメンバーのミュージシャンとしての成長ぶりは ジャパン時代とは比べものにならない進化をとげているのだが ジャパン時代から、ほぼなにもかわることのない姿勢で地道に作り上げてきた このバルビエリの世界観こそは、ジャパンカラーを もっとも大事に継承しているような気がしてなんだか、安心するのである。
そんな未来を予言する、プロフィット5の達人を、 この地味なサウンドメイカーを、静かに讃えたいと思う。 それにしても、それぞれメンバーのミュージシャンとしての成長ぶりは ジャパン時代とは比べものにならない進化をとげているのだが ジャパン時代から、ほぼなにもかわることのない姿勢で地道に作り上げてきた このバルビエリの世界観こそは、ジャパンカラーを もっとも大事に継承しているような気がしてなんだか、安心するのである。
デヴィッドの実弟として、ジャパン時代は 常に、一歩も二歩も引いた形で、縁の下の力持ちとしての域を出なかったが ドラマーとしての腕、ミュージシャンとしての進化には驚くべきものがあった。 もはや、ジャパン時代ですら、遠い昔のことのようになってしまったが、 最近では、エグジット・ノースという新たなバンド活動の場を見出し 独自の美学を追求し続けている。 あいかわらず、日本のミュージシャンたちとの交流も活発で 未だ絶大なるリスペクト、人気を誇る玄人好みのドラマーである。
元ジャパンのベーシスト、ミック・カーン。 キプロス生まれのイギリス育ち。 一度聴いたら忘れられないベースラインゆえに、 いまだ神のように崇められている伝説のミュージシャンだ。 そのミックが他界して早十年の月日が流れた。
そこにジャパンという、真可不思議な存在のロックバンドがあった。 リーダーであったデヴィッド・シルヴィアンは、 かつて“世界で一番美しい男”と称されるほどに眩しい存在であり、 その実弟のスティーブ・ジャンセン、 学生時代からの親友ミック・カーン、 同じく校友であったリチャード・バルビエリという 気心の知れた四人で結成されたジャパンは、 その後、広告をツテにやってきたロブ・ディーンを加えた五人で ポストパンク地において、1978年本格的にデヴューを果たした。