秋とともに、ミュージック実行委員会  NOCTURN編

夜のにじみ
夜のにじみ

夜のにじみ

だんだん昼が短くなってきたと痛感する今日この頃。
まだまだ冬は来てほしくないと思うのだが、
昼間の暖かさから、我に帰るかのように、
朝夕のぐっと冷え込んだ温度に、なぜだがほっとするのはなぜだろう?
昼に聞く虫の音と夜のそれではまったく違うのだ。
どこか、太古の記憶さえ地続きで引っ張り出されそうなほどに
秋の夜は、どこか記憶の奥深くに通底しているように思えてならない。

さて、夜は大人たちの開放の時刻。
そうありつつも、ぼく自身は、昔ほど夜に出歩くこともなく、
ときに、人と会い、言葉を交わしたり酒をちびりと舐める程度はするが、
室内で過ごす事の方が好きな性分であることには変わりがない
が、それとて、別に夜を忌み嫌う理由ではない。
少々怖いほどの闇の広がりの前に、
子供の頃なら、少々畏怖していたものだが、
今では、夜というものが、思考の成熟には不可欠なものだという認識に
情緒的に浸かっている。
だれにも邪魔されない時間を静かに過ごしながら、
一編の詩のように、時間を縫って呼吸を整える。
そして、ラジオなり、音楽を聴きながら、自分の時間を過ごす。
秋の月はなんとも美しい。

秋の夜〜夜の裂け目ににじむ10曲 「にじんだ夜の物語」

Fishmans – ずっと前

美しい夕日を眺めていたのも束の間、いつの間にかすっかり夜の幕が降りている。遠い日の笑い声が、かすかに胸の奥で波打つ。なんとも切ない気分だ。ぼくはそれを忘れはしない。まるで儀式のように繰り返され、過ぎ去った時間はもう戻らないが、音が記憶を抱きしめてくれる。フィッシュマンズの音楽から聞こえるこの思いを抱きしめる。“ずっと前”の僕と、いまの僕が同じ呼吸をしていることに気づかされる瞬間。同時にかつて、そこにあったものがなくなっている。夜は大人びた魔術師のように、夜はその甘美さをクールにさらってひとりしけ込んでゆくのだ。

Yo La Tengo – Green Arrow

秋の夜の静けさが身にしみる。風が草を撫で、虫の声が聞こえる。言葉のない音楽は、心の奥の声を代弁する。孤独はここでは友だちである。色のついた光の誘惑。でも世界は、静寂という音で守られているのだ。ヨラテンゴはすべてを忘れさせ、すべてをニュートラルに均して、そして優しく包み込む。大地に舞う静寂の埃。ぼくはその大気に紛れ込んで、すべての憂鬱にサヨナラを告げるのだ。

Sade – Cherish The Day

だれかに支えられ、共に過ごす時間の温もり。そのかけがえのない思いが幻影だっと知った時も、シャーデーの声は、夜の冷たい空気をまとうぼくを再びやさしく囁く。「日を愛おしみなさい」と。しかし、孤独は容赦無くそこにありつづける。夜は孤独を見つめるための時間なのだと。孤独を恐れず、寄り添うように、手当たり次第に夜をなんども吸いこんでみる。夜風のなかで、ひとりでも確かに息づいているのだ。秋の夜は長い。

Al Kooper – I Love You More Than You’ll Ever Know

闇のような濃度で燃える恋の残光。愛は切ない。狂おしいまでの想いが、ブルースの血脈に流れ込むような歌。それがアル・クーパーの「How ‘My Ever Gonna Get Over You」。愛は理屈ではなく、叫びの形をしている。この夜の深さこそ、愛が生きている証でもある。もう2度と訪れることのないあの一瞬を背負って。それは切なさへの試練なのかもしれない。

Donald Fagen – New Frontier

夜をドライブしよう。都会の夜風を切って走るスリル。
スモーキーでクールなビートが、国境さえ越える。ドナルド・フェイゲンの『Nightfly』は最高のエスコートになる。恋も未来もまったく読めなくてもいい。スウィングするリズムに、希望の輪郭を滲ませて突っ走ればいい。このときばかりは年甲斐もなく、スピードは快楽だ。夜はまだ若く、ピンと張り詰めた緊張がみなぎっている。さあこれからだ。

佐藤奈々子 – 夜のイサドラ

夜はシティポップの洗礼で彩られる。エンジンを止め、窓を開けようか。街の灯が遠く滲み、星の光がゆっくりと落ちてくる。“イサドラ”という名前が、見知らぬの匂いを纏う。街の声に耳を傾けながら、大人になることの切なさを、佐藤奈々子の声がそっと代弁してくれる。

七尾旅人 – どんどん季節は流れて

夜は更けてゆく。時間が流れていく。思い出も言葉も、風のように遠ざかってゆく。てくてくと歩いて、海の見える場所にでも向かっている。その流れのなかで、七尾旅人を聴いている。都会の喧噪を離れ、いまの自分が確かにここに呼吸している。夜は、過去を赦し、明日を待つための場所だ。

Rickie Lee Jones – The Moon Is Made of Gold

月が金でできているだなんて、そんなロマンが僕を誘う。そう信じていた頃の夢が甦るようだ。夜を静かに支配するロブ・ワッサーマンのベースをバックに、リッキーの声が静かに世界を愛おしさでもってやさしく撫でてくれる。孤独はもう寂しさから解放され、ひとりでいられることの自信に変わっていくのだ

Tom Waits – (Looking For) The Heart of Saturday Night

ネオンが滲み、雨に濡れたアスファルトが深呼吸をする。気がつけば週末だ。酔いどれた夜の街を行く当てもなく歩く。おしゃれなバーも、気の利いた仲間もいない。孤独を抱きしめながら、それでもまだ微笑みを忘れていない自分がいる。そんなときはだいたいいつも、トムの声に聞き入っている。夜の街は、週末の高鳴りの鼓動と夢の残響でできているのかもしれないと、空を見上げる。明日はみえないが、鼓動をともなった今という時間がそこにはっきりとある。

EPO – DOWN TOWN

眠らない都会の夜の誘惑。シュガーベイブの原曲も素晴らしいが、最初に聴いたバージョンはこちら。土曜の夜になると、未だこの曲がどこからとこなく流れてくる。喧噪はにぎやかだが、EPOの声がやわらかく響く。中学生のころに見た、テレビの終わりの光景とともに、あのころの未熟なぼくが、「大人になるって、こんな夜のことか」と微笑んでいる。そんな甘く、ちんけなサウダ−ジとともに、夜を楽しむ。

SONG LIST

  1. Fishmans – ずっと前
  2. Yo La Tengo – Green Arrow
  3. Sade – Cherish The Day
  4. Al Kooper – I Love You More Than You’ll Ever Know
  5. Donald Fagen – New Frontier
  6. 佐藤奈々子 – 夜のイサドラ
  7. 七尾旅人 – どんどん季節は流れて
  8. Rickie Lee Jones – The Moon Is Made of Gold
  9. Tom Waits – (Looking For) The Heart of Saturday Night
  10. EPO – DOWN TOWN