薹の立たない秋を纏いて
今回の特集は、特にテーマというべきテーマを掲げないでおこうと思う。
とはいえ、季節に乗じて、この秋の気配から感じ取れる作品を取り上げながら
この季節固有の、どこか寂しく儚いうつろいを取り上げてみたい。
暑さが一段落し、世を見渡せば味覚の秋、芸術の秋。
そんな生活の彩りの中、夏ほどに強烈でもなく、冬ほど過酷でもない、
この寛容な優しさに、身を任せながら、情緒を燻り出す
そんなコラムを描いて見たいと思う。
やはり、秋はいい。いいのだ、秋。
そんなことを静かに噛み締めながらも、
やはり、モノには道理、そして移ろいがあり、
それを感じることは幸せなことであり、
それを感じ取れる日本という国が年々愛おしくなっている。
幸い、ようやく、不穏な空気、気配が開けそうな世の夜明けを横目に
希望のわく、そんな思いと、少し憂いを滲ませるという相反する
複雑な思いもかくさずに、サウダージな詩的なひとときを
言葉に託したいと思う。
Harvest Moon : Cassandra Wilson
カサンドラ・ウイルソンの名盤『New Moon Daughter』から、ニール・ヤングの名曲「Harvest Moon」。まさに、この秋の夜風に、皮膚感覚で染み込んでくる。原曲は“長年連れ添った恋人への静かな愛の歌”だが、アルバムの “New Moon Daughter” からして、かつてアシャンティ族の格言 “病は欠けゆく月とともに来り、新月で癒される(“Sickness comes with the waning moon; the new moon cures disease”)” からの引用であるように、そこには「収穫の月=成熟した生命の循環」、すなわち、“再生”と“終わり”の二重性を暗示している。
ウィルソンの「Harvest Moon」は、
恋人へのラブソングでありながら、人生の残照をも歌っている。
声の奥にかすかに聴こえるのは、もう戻らない夏のざわめき、
そして、ゆるやかに老いていく世界への慈しみだ。
彼女の歌声は「終わり」を恐れず、「終わりの中の静かな輝き」を讃えている。
特集:薹のたたない秋を嗅ぐ事柄特集
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