石井輝男『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』をめぐって

『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』1969 石井輝男
『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』1969 石井輝男

キング・オブ・カルトここにあり

キング・オブ・カルトこと、我らの石井輝男。
そこから輩出される名だたるカルトムービーの中でも
「江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間」と聞けば
泣く子も黙る、とりわけカルトキングな作品である。
我が愛すべきB級映画は、まずはこの作品から始めるとする。
これも確か、大井武蔵野館の名物プログラムだったと記憶する。
エログロ、狂気、ナンセンス、アングラ、タブー、シュール。
ありとあらゆる禁断世界から攻めたててくる。
日本映画史に燦然と輝くカルト映画の金字塔だ。
もっとも、全てがラストシーンに集約されてしまう映画であることは間違いない。
この特筆すべきラストシーンについては、後に触れる。

タイトルに、江戸川乱歩の名前があるとは言え
乱歩作品を必ずしも忠実に映画化しているわけではない、といっておく。
が、狙いは
乱歩全集とは大きく出たものだが、
美味しいところだけをうまくとりこんでいるのは間違い無く、
一応、原作『パノラマ奇譚』ということになっているが、
実質的には『孤島の鬼』を中心に、
『屋根裏の散歩者 』『人間椅子』『白髪鬼』などの断片的イメージが散りばめられ
大の乱歩愛好家として、その世界を映画用に換骨奪胎し
まさに、これぞ石井輝男ワールドを作り上げたと言っていい映画だろう。

見方によっては、ミステリー映画と言ってもいいのかもしれないが
それを言葉でうまく伝えるのは容易ではない。
あまりに視覚的な刺激要素に太刀打ちできないからだが、
明智小五郎を登場させるあたりからの爆発力に
空いた口が塞がらなくなってくる。
うまく伝えたところで、この映画の面白さ、醍醐味までを伝えるには至らない。
いってみれば、特異な映画である。
よって、止むを得ず「カルト」の冠を着せるのだが、
そのふれこみにウソ、いつわりはないことだけは保証する。

毒々しい蜘蛛たちのタイトルバックに続き、
まずは精神病棟シーンから始まるが、
これでは現代ではほぼ通用しないシーンのオンパレードである。
吉田輝雄扮する主人公人見広介は、訳ありの医学生で、
しかも過去の記憶がないのだが、
当然、精神病院に入っている理由すらもわからない。
そのために、まずは記憶をたどっての謎解き行脚に「裏日本」へと出向く。
自分にそっくりの菰田源三郎の死亡記事を目にし
源三郎になりすますというところまでが前編。

大きく分けて、島に渡る前、渡った後のくくりで展開されるが、
後編、ある島に着いてからがこのカルトムービーの真骨頂である。
何と言っても土方巽の存在感が圧倒的なまでに凄い。
言わずもがな、暗黒舞踏の祖であり、
石井輝男がキングオブカルトなら
日本における舞踏キングはこの人である。

この非俳優的な土方自身が、
頑張って演技と呼べるような立ち位置にまで挑戦しているのが感動的だ。
積極的にアイデアを出し、渾身の思いで映画制作に加担していたという。
この丈五郎は、実は亡き兄菰田源三郎となりすましの弟人見広介の父親でもある。
彼こそは、島を改造し、奇形人間を作り出して
自らの理想郷を作ろうとする人間なのだ。
奇形人間を作り出すために、
弟広介をわざわざ医学校へ通わせていたのだ。
すべては異物を受け入れない社会への復讐である。
その眼光、そして所作が俳優の域を超えており、
どう見てもまともな人間に見えない。
よく見ると、当人が指の間に水掻きのある奇形だ。
そんな丈五郎が創造した奇形たち、主に白塗りの奇形たちは
これまた土方巽暗黒舞踏塾生たちが演じている。
なので、この映画が土方巽の舞踏の要素抜きには語れないほど、
大いに寄与した映画になっている。

この映画には大まかに見どころとして3本の矢から成る。
まずは、その土方巽の登場、
次に明智小五郎の登場、
さらにはその明智に悪事の数々を暴かれる羽目になるのは
菰田家の執事、蛭川を演じた小池朝雄だ。
怪演土方の対抗馬として、この小池朝雄が人間椅子に潜り込んだり、
さらには女装して恍惚となりながら異常性欲を満たす悪党役で
大いにその存在感を晒すことになる。
実に貴重なバイプレイヤーである。

確かに、“奇形人間”というインパクトは絶大だが、
それを真面目に突き詰めると、
結局のところ、血縁の問題だったりするわけで、
双子の弟という設定の、主人公の人見広介が
これまた血縁である秀子を愛してしまい、理性に絶えかね
最後には玉砕して果ててしまうラストシーン。
「お母さ〜ん」とぜぜ中
心中をした広介と秀子は、能登の海に花火と共に打ち上がる。
まさにこカルトムービーの幕切れにふさわしい
B級ならではのオチが待ち構えているのだ。

奇形人間を製造し、社会への復讐を企てるわりに、
丈五郎は、明智に良心を諭され、妻や子供達に謝罪の意でもって
自決するあたりの素直さを見ると
少々物足りない気もしないではないのだが、
海岸に打ち上がる花火と共に飛び散る肉体の
あまりの馬鹿馬鹿しい美しさに、キングオブカルト石井輝男の凄さを
改めて感じざるを得ない、そんな映画だった。

あぶらだこ : 冬枯れ花火

あぶらだこ : 冬枯れ花火

キング・オブ・カルト映画『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』に対抗できるのは、コレしかあるまい。あぶらだこ「冬枯れ花火」。とにかく映画を観た人なら、ラストシーンからこの曲でエンディングに使われても、まったく違和感を感じないだろうし、逆に映画に影響されてできた曲じゃないかと勘違いする人もいるかもしれない。
日本の数あるバンドの中で、あぶらだこほどの個性と音楽性を醸すバンドを未だかつて、他に知らない。唯一無二の存在であることは、このPVを見ればわかるだろう。もし、仮に、『恐怖奇形人間』のリメイクを撮るという奇特な方がいるとて、ぜひ、その音楽もあぶらだこにやってほしいなどと考えるほどだ。