ロピュマガジン【ろぐでなし】vol.45 空想巡回映画館 ただいま上映中
やはり、秋はいい。いいのだ、秋。 そんなことを静かに噛み締めながらも、 やはり、モノには道理、そして移ろいがあり、 それを感じることは幸せなことであり、 それを感じ取れる日本という国が年々愛おしくなっている。 幸い、ようやく、不穏な空気、気配が開けそうな世の夜明けを横目に 希望のわく、そんな思いと、少し憂いを滲ませるという相反する 複雑な思いもかくさずに、サウダージな詩的なひとときを 言葉に託したいと思う。
映画・俳優やはり、秋はいい。いいのだ、秋。 そんなことを静かに噛み締めながらも、 やはり、モノには道理、そして移ろいがあり、 それを感じることは幸せなことであり、 それを感じ取れる日本という国が年々愛おしくなっている。 幸い、ようやく、不穏な空気、気配が開けそうな世の夜明けを横目に 希望のわく、そんな思いと、少し憂いを滲ませるという相反する 複雑な思いもかくさずに、サウダージな詩的なひとときを 言葉に託したいと思う。
映画・俳優よって、ジェームス・ホエールの『フランケンシュタイン』を、 ただの古典ホラーといって片付けてはもともこもない。 その核心には、稲妻が死体を打つ瞬間よりも、 怪物のゆっくりとした“まなざし”、 内なる感情のゆれを見つめていていたい瞬間があるからだ。 怪物は、怪物として、すでに誕生した瞬間から 世界にとっての“異物”として扱われることを余儀なくされる。 しかも脳のなかみは象徴的なまでに粗暴な殺人者のそれ。 実のところ、彼はまだ何も知らないし、なにもしでかしてはいないのだ。 そこには善悪も、暴力も、恐怖もない。 むろん、企みや野望も持ち合わせてはいない。 いわゆる赤ん坊そのものである。
映画・俳優エマ・ストーンが演じるベラ・バクスターは、 死体の身体に胎児の脳を移植された再構成された、 いうなれば人の形を残した怪物だ。 その設定だけを見れば、ネオフランケンシュタイン的な話だが、 本作が行き着く先は単なるホラーでもSFでもなく、 むしろ、快楽、自由、知、そして他者との関係性を通して、 自己が自己であるための条件を問いなおす"存在論的ラブストーリーを生き 目覚めたひとりの女性の物語である
映画・俳優そこで森井勇佑による『こちらあみ子』の話になるのだが、 こちらは紛れもなく傑作だった。 あみ子役の大沢一菜は実に強烈な個性の持ち主だ。 監督や周囲の思い入れもよくわかる。 しかし、ただ子役がいい映画というわけでもなく、 一本の映画としても、心に刺さるものがあった。 その意味では、冒頭の子役映画の罠にもってかれない映画だといえる。
映画・俳優1973年製作スペイン映画『ミツバチのささやき』には 自分がこれまで見てきた映画の中でも特別な思いがある。 というのも、この映画を見てからというもの、 そのアナ・トレントその眼差しが 今だ心に住み着いて離れないからだ。