ロピュマガジン【ろぐでなし】vol.32 オフビート大好き人に贈る“ツボ”にはまる映画特集
オフビートってものを考えると、ついつい饒舌になり勝ちで それでいて、なんか小難しく考えて悦に入るようなところもあるが 総じて、曖昧かつ懐の深いものであるという魅力を感じている。 その辺りの考察を含めて、あくまで個人的な感想の域を出ないが、 ここでは、オフビートは言葉の遊びのようなものとして捉えて欲しい。 あたかも、音楽を聴くようにしてオフビートを楽しんでみよう、そういうことだ。 オフビート万歳。
特集オフビートってものを考えると、ついつい饒舌になり勝ちで それでいて、なんか小難しく考えて悦に入るようなところもあるが 総じて、曖昧かつ懐の深いものであるという魅力を感じている。 その辺りの考察を含めて、あくまで個人的な感想の域を出ないが、 ここでは、オフビートは言葉の遊びのようなものとして捉えて欲しい。 あたかも、音楽を聴くようにしてオフビートを楽しんでみよう、そういうことだ。 オフビート万歳。
映画・俳優多分にもれず、洗脳されているのには自覚がある。 頭の中で渡哲也が歌う「東京流れ者」がどうにも鳴りやまず、 口からもれなくフレーズが飛び出しては、ご機嫌に浸ってしまう自分がいる。 そりゃあ誰だってそうなりましょうよ? それが鈴木清順『東京流れ者』を見た後の 清順狂のザマよ、ってなもんである。 通常のヤクザ映画のように、肩で風を斬るなんざヤボ中のヤボ。 そんな単純なアホウドリは相手にしないぜ、などと息巻く。 ただただその快楽にひとりごちるわけなのさ、あはは